絵画

展覧会

先日、某所から「鳥獣戯画展」が東京国立博物館で開催される
しかも、現存する全ての物が展示されると言う
実に、聞き捨てならぬ情報が流れて参りましてね
詳細はこちら
07
「東京国立博物館」特別展「鳥獣戯画─京都 高山寺の至宝─」

良いなぁ、帝都の人は本当に良いなぁ、、羨ましい、、、orz
可成り、心情的に落ち着かない猫叉です

今晩は
なかなか、毎日PCを開ける、と言う基本動作すらおぼつかない状態ですが、
季節は確実に春に向かっているようで御座います
今日など、常連のお客様曰く「最高気温が16度位有った」そうでしてね
道理で一寸忙しく立ち働いただけで軽く汗ばんだりしました
此でこのまま春に突入! なら良いのですが、もう一度くらい寒波が戻ってくるのが
此の地のデフォルトで御座います故、まだまだ油断大敵な季節で御座います
ま、国府宮の裸祭りが済んでいませんのでね
もう少し春の訪れは先のお話しとなりましょう
Kounomiya2
尾張大国霊神社(おわりおおくにたまじんじゃ)
此所で毎年開催される「儺追神事(なおいしんじ)」、通称「はだか祭り」が済むと
本格的な春の訪れとなるのが、此の辺りの気候風土で御座います
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「儺追神事(なおいしんじ)」、通称「はだか祭り」

さて、「展覧会」と言えば、真っ先に思い浮かぶのが「展覧会の絵」でして
クラシックファンの猫叉は、「展覧会の絵」と此の肖像画が完全にリンクしています
Mussorgskyilya_yefimovich_repin
モデスト・ペトロヴィッチ・ムソルグスキー
( Моде́ст Петро́вич Му́соргский)

まぁ、なんつーか、色々と不幸な人でしてね、此の方
生活苦等から酒に溺れ、結局アルコール依存症による心臓発作で亡くなります
享年42歳
確かに夭折と言う年ではありませんが、些か早過ぎるように思います

表題の「展覧会の絵」が、元々「ピアノ組曲」なのは割と有名なお話しなのですが、
一番演奏数が多いのは、やはり「ラヴェル」の手による「編曲」verでしょうね
Ravell
ジョゼフ=モーリス(モリス)・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel)」
楽譜が変態な事では、此の人のも人後に落ちませんw
出来るか! あんなの!! っつーか、私には読めない、、、orz
と、思わず買ってしまった「ダフニスとクロエ」のスコアを前に、呆然となった経験がある猫叉です ^^;
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此、プレゼントの包装紙なら単に「綺麗だねぇ」で済むんだけどなぁ
あ、実際の処、楽曲は可成り美しいですよ、もちろんw
実は、ラヴェルも色々と気の毒な方でしてね
晩年は本当に辛かった事と思われます

ラヴェル以外にも色んな人が、此のピアノ組曲「展覧会の絵」を編曲してオーケストラverにしています
昨年、某巨大SNSで知り合ったトロンボーンの先生に、あのディズニーアニメ「ファンタジア」で有名な「ストコフスキー」の編曲verがある事を教えて頂きましてね
此は此でなかなか興味深い物がありました ^^
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レオポルド・アントニ・スタニスラフ・ボレスラヴォヴィチ・ストコフスキー
(Leopold Antoni Stanislaw Boleslawowicz Stokowski)」


只、猫叉は師匠の信者wなので、やはり此方の方が聞いていて一番安心します 
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そう言えば此のジャケット、暫く携帯の待ち受けに使っていましたね ^^;
ま、「不肖の弟子」と言うより「ミーハーな信者」と言う方が正しいので、其処の処は敢えて突っ込まないようにw
此の録音音源CDは、つい最近リマスターverが出ました
ファンとしては非常に嬉しい所です
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早速、密林でポチったのは言うまでもありませんw

あと此の「展覧会の絵」と双璧な位有名処、と言えば、やはり「禿げ山の一夜」でしょうか
「交響詩『禿山の一夜』
但し、ディズニーのファンタジア等で有名な耳慣れたあれは、実は、リムスキー=コルサコフによる補筆版だったりします
Nikolay_a_rimsky_korsakov_1897
ニコライ・アンドレイェヴィチ・リムスキー=コルサコフ
(Николай Андреевич Римский-Корсаков
Nikolai Andreyevich Rimsky-Korsakov)


只、猫叉の場合、「リムスキー・コルサコフ」と言えば、「シェヘラザード」でして
「『シェヘラザード』(Шехераза́да)」と来るなら、
やっぱり「コンドラシン」しかないのでありまして
Kondrashin
「キリル・ペトローヴィチ・コンドラシン
(Кирилл Петрович Кондрашин)」

此方のが「至上」にして「史上最強」で御座いますな
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コンドラシンに関しては、本当に残念としか言いようがありません
まったく「クラウス・テンシュテット」にはですね
きっちり其の辺りの事情と苦情を懇々と小一時間 ー"ー;

で、有る意味情けない話なのですが、たった今知った事なのですけれど
<リムスキー=コルサコフに作曲の個人指導を受けていたストラヴィンスキー>by/wiki
へ~~~ええぇぇぇ ストラヴィンスキーってコルサコフの個人指導受けていたんだ!
まぁ、コルサコフ自身相当優秀な「先生」だった、と言う逸話はどこかで耳にした事がありますから、有る意味、納得なお話しなのですけれどね
問題なのは、彼のシェヘラザードなる非常に美しくて官能的な楽曲を書かれる人にですよ
教えを請うて居たにもかかわらず、あの変態極まる音と譜面は、一体何??? 
、、、と、これまた小一時間w
否、好きですよ、ストラヴィンスキー
正直「シェヘラザード」よか「春の祭典」の方が猫叉は断然好みですけどねw
ま、そんな私も大概、、、
おっと話が盛大に逸れたようです

で、前置きが重畳になりましたが、実は今回の話題はと言うと
音では無く「絵」と「画像」だったりします ^^;
冒頭のムソルグスキーに関する「絵」や諸々の「画像」のお話しですね

先ずは、肝心の「展覧会の絵」ですけれど
彼の友人であった画家の遺作展での印象を曲に纏めた物、と言われています
絵と言うか、主題は10個ありまして
「小人(グノーム)」、「古城」、「テュイルリーの庭 - 遊びの後の子供たちの口げんか」
「ビドロ(牛車)」、「卵の殻をつけた雛の踊り」、「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイエ」
「リモージュの市場」、「カタコンベ-ロー マ時代の墓」、「鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤガー」、「キエフの大門」
それぞれに可成り印象的な楽曲ですし、可成り有名なので一度は耳にした事もあるかと思われます
が、大元の「絵」は意外と皆さんご存じないのでは無いでしょうか
なかなか素敵な絵なんですよ、此が
折角なので出し惜しみせず、一挙公開!といきましょう
Hqdefault
個人的に原画が是非みてみたい絵の一つですね ^^

実は、風呂敷残業(社用画像のPhotoshop処理)をしてまして
”仕事”に飽きたもんですから、某顔本の表紙に使う「素材」(直筆スコアの画像)を探してネットをウロウロしてましたら、ちょっと面白い、と言うか、興味引かれる「画家」に出くわしたのですよ
此方の方です
イリヤー・エフィーモヴィチ・レーピン
(Илья́ Ефи́мович Ре́пин、Ilya Yefimovich Repin)

Ilya_repin__self_portrait Ilya_yefimovich_repin_18441930
左側が御本人の手になる「自画像」だとの事でした
なんでも説明によれば、「ムソルグスキーの肖像画」で有名、とあるではありませんか
えっと、彼の肖像画って確か、、、とGoogle先生にお尋ねすることン十秒
冒頭の画像が出て来て「納得」の猫叉です
むしろムソルグスキーってこの絵のイメージしかありませんw ^^;
wiki君によれば、無くなる直前の「肖像画」のようです
ああ、だから何となく彼の素性とか生い立ち生き様なんかを知る前から、どことなく「深い闇」を感じさせたんだな
序でなので、此の方の他の作品もGoogle先生に尋ねてみました
ああ、なかなか印象的な絵ですね
Ilya_yefimovich_repin_rimskykorsako  Tolstoy_1887
リムスキー=コルサコフ」      「レフ・トルストイ(Tolstoy)」
Portraitofthecomposerantonrubinstei  Medeleeff_by_repin
「アントン・ルビンシテイン」      「ドミトリ・メンデレーエフ

等々肖像画は勿論ですが、なかなか奥行きの深い絵を描かれる方のようです

個人的には此が一番インパクト大でしたね
Ivan_the_terrible_and_his_son_ivan_
「Ivan the Terrible and His Son Ivan」
<1885年には、心理的側面において最も強烈な絵画『イワン雷帝と皇子イワン』を完成させる。
カンバスの中でイワン雷帝は、怒りを抑えきれずに息子を殴って深手を負わせてから正気に戻り、死にゆく息子を抱き締めつつ恐れ慄いている。
怯えきったイワン雷帝の横顔は、力ない息子の横顔と対比をなしている。> by.wiki

此の方、wiki君によりますと、彼の「ムソルグスキー肖像画」を売って彼を教会に埋葬する代金に充当したそうです
晩年のムソルグスキーは相当すさんだ生活をしていたでしょうし、絶望も色々と深かったと思われますが、やはり支援者というか、援助者が最後まで居た人なのですね
此の方の展覧会が開催される事が有ったら、是非出向いて原画を直に見たいと思います

元々は自筆スコアの「画像」を漁って居ましたから、序でに、と言うか
折角なので此所に上がった方々の「自筆譜面」画像を紹介致しましょう

先ずは、主題(テーマ)のムソルグスキー「展覧会の絵」
Mussorgsky_pictures_at_an_exhibit_2
なんと言いますか、もの凄く几帳面な譜面ですね
きっと繊細な神経の持ち主だったんだろうな
件の肖像画に似合わない線の細さを感じさせます
逆に、そう言う人だったからこそ、友人の急逝や苦難に耐えきれず、酒に溺れてしまったのかもしれません

次は、変態composerの一角「ラヴェル」先生
Ravel_3
変態なのに綺麗です、と言うか、非常に丁寧な譜面と言うべきか、、、 

譜面が綺麗なことには定評がある「モーツァルト」先生のだとこんな感じです
Mozartjupiter_origms_2
何と言うか、本当に無造作なのに綺麗ですねぇ
う~~~~ん、猫叉は彼の人に喰われたトラウマがありますから
此所まで無造作だと一寸怖いです ^^;;

で、此方が、猫叉が敬愛してやまないベートーヴェン先生のです
Beethoven_5th_symphony
ふつーに「汚い」ですね ^^;;
此等なんかもうぅ、清書屋泣かせだったと言う逸話を見事に裏付けてくれるような汚さ、ですし、、、^^;;;
Bethovenautographofsym9 Beethovenop132score1m_4

只、こう言う沢山の試行錯誤が入った原稿は決して嫌いではありません
むしろ、見ていて安心します
ああ、此の音、或いは絵、表現、文章に到達するのにこんな葛藤があったんだ
と、とても人間らしい物を感じますので
そう言う意味に置いても、無造作すぎるモーツァルトの譜面は怖いです

やはり、人の本質みたいな物がこう言った所にも現れるのでしょうね

と言う事で、本題です
さて どのスコアで某顔本の表紙を作ろうかなw
と言う事で作ったのが此方
ベートーヴェン交響曲第1番に師匠の「George・Szell」
何時ものパターンですね ^^;

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白い馬

先日、かねてからの宣言通り京都国立近代美術館へ「山口華陽 展」を観に行ってきました
京都に行くのは久し振りです
MTT/SFSのコンサート同様、30ン年振りですかねぇ
前はやはり同じく京都国立近代美術館へ、カンディンスキー展を観に行きました
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「ワシリー・カンディンスキー」

あの時は、オーケストラ仲間のS女史(オーボエ吹き)が、渡月橋近くの料亭でランチが喰いたい! と
私は、京都国立近代美術館で開催中のカンディンスキーが観たい!
で、目的地が一致しましてね
ならば一緒に行くか~! となった訳です
今思えば、随分とまぁ方向性の違う者同士の珍妙な旅路ですね
S女史はカンディンスキーには全く関心がないし、方や私はと言うと、料亭のランチには全く食指を動かされませんでしたから ^^;
いやいや、ランチはとても美味しかったですよ
3時間待ち位でしたけれどw
当時は未だ、携帯電話なんか普及していませんでしたから、受付と同時に番号票を渡されましてね
「お客様だと大体○○時○○分位なので、その10分前くらいになったらお越しください
京都観光ならレンタサイクルが手軽で便利ですよ~」
と教えられて、後は ”自由放牧~w” です ^^;;
教えて頂いた通りに自転車をレンタルし、興福寺へ憧れの阿修羅像を観に行ったんですけど、運悪く肝心の阿修羅像様は「全国行脚」の最中で御座いましてね
ご不在でいらっしゃいました、、、orz
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「全国行脚中の為ご不在でいらした阿修羅像」

ヤケクソになった私は、彼女を誘い其所から何故か太秦映画村へ
散々2人して時代劇にトリップし、憂さを晴らした後、云われた時間にお店へ戻りました
あの時「凄いなぁ」と思ったのは、仲居さん達の時間の読みの正確さです
本当に云われた時間に順番が来て席に通されました
のみならず、料理の出て来るタイミングが絶妙なのですね
一応「懐石」なので1品づつ出されてくるのですけれど、食べ終わって一息つく頃に次の物がさり気なくすっと出て来るんですよ
あれは凄いなぁと本当に吃驚しました
食べるスピードは人によって違うじゃないですか
然も基本早喰い(高校時代に母校の伝統だった早弁の名残w)の私と、ゆっくり味わいながら食べるS女史とでは、当然食べ進むスピードが違います
其れにもかかわらず、お互いが良い具合に食べ終わって次を待つ気分になるのを見計らって、ちゃんと「次」が出て来るんですね
待たせない、でも、決して急かさない
流石は料亭、接客のプロです
プロフェッショナルというのはこう云う物なんだねぇ、
と、あの時は2人して感嘆しながら帰ってきました

まぁ、今回は山口華陽展だけが目的ですので、残念ながら件の料亭ランチはありません(笑
第1、肝心のお店の名前が判りませんしね ^^;
時間的にもお財布的にも余裕が無いので、コンサートに引き続き「行って、観て、帰る」だけです、、、orz

山口華陽」は、私の好きな日本画家 No.1です

特に今回の展示には大好きな「白い馬」が有ると解りましたから、此は是非とも観に行かねば! と気合い充分です

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「白い馬」 山口華陽 作

猫叉は、本当に幼い頃からの「馬好き」でしてね
なので、馬の「絵」や「彫像」「写真」等には可成り五月蝿いです
元来、物事の好き嫌いが可成りハッキリしていますから、特にこう言う「元々好きな題材」となると、輪を掛けて五月蝿くなります
例えば、同じ日本画家の「白い馬」でも、「東山魁夷」の描く「白い馬」では、私には物足らないのですね
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「白馬の森」 東山魁夷 作

何故なら、あれは「馬の形をした馬ではない物」だからです
強いて云えば「精霊」みたいな物ですかね
リアルな馬じゃないんですよ
その点、山口華陽の描く「白い馬」は、「馬その物の化身」なんです
丁度東山魁夷の白い馬とは対極になりますね
「馬なんだけど馬ならざる者」(山口華陽)と「馬の形をした馬ではない物」(東山魁夷)の違い
言葉や文字で表現するというのは本当に難しいですねぇ
どうやって解説したら私の感覚を伝えられるのだろう
山口華陽の描く花鳥画や動物画には、綿密で正確なデッサンの下地があります
一見、大らかで自由闊達な線に見えますが、実の所其れは物凄い描写力と画力に裏打ちされた、実に正確無比で質実剛健なライン取りの賜なんですね
今回初めて素描やデッサン、下絵などを見てきましたが、本当に線に迷いがないんですよ
生き物を描くと言う作業は実際にやってみると良く解るのですけれど、意外と難しいものです
相手は「勝手に動く」或いは「動かない」が前提な「此方の思うとおりの格好はしてくれない」のがデフォルトなモデル達です
だから描きたいカタチは自らの脳内補完で可成り補ってやる必要があります
其の為には無関係と思われるような姿やポーズ、表情や仕草なんかを膨大に積み上げておく必要があります
そう言うデータを元に、対象生物を一旦頭の中で3D化した上で自在に動かし、最終的には其れを2次元投影しなければならない
そんな煩雑な手続きが必要となります
大袈裟なように聞こえますが、実際に山口華陽は絵を描く前に彫像を造っていた、という有名な逸話がありますからね
動物園に足繁く通い膨大なスケッチをし、其れを元に彫像を造り、その上で作品に臨んだ、と言います
後、1度でも本物の日本画をご覧になった方はご存じだと思うのですけれど、日本画って物理的に「デカイ」んですよ ^^;
此も、1度でも描いた事のある人なら良くお解りなのですが、デカイ絵ほど誤魔化しが利きません
些細なデッサンの狂いが、容赦なく拡大再生産されてしまいますから

今までにも機会が有れば、都度、山口華陽展には出向いていましたが、今回のように一気に彼の作品を目の辺りにしたのは初めてでした
私はお気に入りの絵とじっくり対話するのが好きなので、大概は1つか2つの作品の前で長時間黙って観ている事が多いのですが、今回は一寸様相が異なっていました
何時もの様に対話相手の絵を捜す為に、先ずはざっと流し観をしていたのですけれど
その段階でもうぅ感無量になりましてね
思わず涙が出て来ました
絵を観に征って泣いたのは本当に久し振りのことです
で、何度も何度も観て廻り結局、今回一番噺をしたのは、

この絵
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「霽」 (さい → 霽れる)  昭和43年

と、この絵 
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「黒豹」  昭和29年


ああ、何度観ても良い絵ですねぇ
色遣いと言い、空間の割り振りと言い、題材と言い
此ぞ、日本画! という気がします
後、今回初めて気付いたのは、山口華陽の絵の背景色って物凄く繊細で綺麗で濁りや雑味が無い、と言うことでした
物凄く複雑で奥深い色なのに、洗煉され尽くしているから、顔料にも係わらず与える印象がクリアで透明感に溢れる仕上がりになっている
此の辺り代々続く友禅の染め物職人の血がなせる技なのかもしれません
後、此はやはり半端ではないデッサンの賜なのだと思いますが、1つの作品、描かれた生き物達の「静と動」が其所に「同時に存在」しているんですね
静かに端然と其所に存在している、と同時に、優雅に動いて其所に今も息づいている
其れは生き物に他ならない位正確な姿なのに、同時に生き物たり得ない美しさと完璧さを兼ね備えている
静と動
生と死
生き物という不完全さと、自然の造形物という完全さ
其所に居ながらにして、同時に其所には存在し得ない
そんな相反する2面性が絶妙のバランスと確かな力に裏打ちされて其所にある
良い絵という物は人、否、私に思考や閃きを与える良薬の様です
否、此はもう、私にとっては生きる上の糧に他なりません

本当に久し振りに良い絵を観させて頂きました


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花と軍鶏

先月のとある金曜日
急に思い立って「石川県立美術館」に行って来ました
実の所「急に」思い立った訳では無くて、其の2週間程前から「行こう」と心密かに決めて居たのですが、まぁ、色々と諸事情が許さなくてですね
結局、例によってギリギリになってしまい、追い詰められてから「ああもう!」となったと、、、^^;
ま、そう言う事ですな
何時もの事ですw

で、何をしに行ったかという言うと、日本画を観に行って来たのですね
この方の絵です
「田中一村」

この方の絵を知ったのはNHKの「日曜美術館」です
「美と風土(2)黒潮の画譜 異端の画家 田中一村」という放送が切っ掛けでした
其の画家の生涯と共に強烈な印象を受けました
一番最初に虜になったのは、矢張りと言うか、な此方
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     「アダンの海辺」

私の記憶ではずっと「アダンの木」だったのですが、近年一村本人の書き付けが見付かり、表題が「アダンの海辺」に変わったようですね
此は一村本人が「閻魔大王へ手土産」と言い、「例え100万円積まれても手放しません」と言っているように、文字通り「命を削って描いた絵」なのです
実はNHKの日曜美術館で取り上げられた後、地元で小規模ながら作品展が開かれまして、その際実物を目にしているし、今回も無論「逢って」来た訳ですが、作品に添えられた説明書きを読むまで、この絵に落款が無いのに気付きませんでした
そう指摘されて改めて絵を見ると、確かに落款処か署名もありません
本人曰く<完成した時には精も根も尽き果てており、とても名を入れるだけの力がなかった>そうです
その後<何時か折を見て名を入れる積もり>だったものが結局そのまま「閻魔大王の手土産」になってしまったと言う事のようです
この絵の凄さと言うか、凄まじさは矢張り実物でないと伝わらない物がありますね
画面だけだと単に綺麗な絵、とか写真みたいな絵、なのですけど
実物は何というか物凄い「気迫」がありましてね
観る者を虜にする、と言うより、取り憑かれる、と言った方が正しい、そんな力があります
今回本当に久し振りに「アダンの海辺」に逢ったのですけど、此方が”大人”になった性か、以前ほど妖しい魅力は感じなかったです
寧ろ、淡々とした一村の意志と言うか、彼の住まう境地の様な物が伝わって来ましてね
不思議な感覚でした
相変わらず「彼方」へと誘う力は物凄い物があるのですが、何と言うか、とても穏やかなんですよ
久し振りに覗いた「アダンの海辺」は、とても凪いだ静かな処でした

で、今回、私を石川県立美術館に駆り立てたのは此の「閻魔大王の手土産」では無く、此方です

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「花と軍鶏」

前回の作品展には来なかったんですよ
元々が襖絵なので無理からぬ処ではあったのですが
今回、美術館で作品展が成されると言う情報に接した時に、真っ先に確認したのが展示作品名です
すると展示作品群の中に私が長年恋焦がれて来た「花と軍鶏」が在るじゃないですか!
此は何としてでも金沢まで観に行かねば!!
と成った訳です
兎に角この絵だけは現物を見たかったんです
何と言っても此の「眼」に初見から(画集なのに)やられてましてね

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此の軍鶏牡はどうしても実物と対峙したかった

で、遙々逢いに行って来たと、まぁ、そう言う訳です
感想ですか?
良い眼でしたよ
ふむ、此奴に惚れ込んだのは間違って居無かったわ
えらく上から目線で申し訳ないのですけど、そう言う眼でしたね ^^
色々と力を貰った気がします
後、図録では気が付かなかった事が在りました
画面の右から左へと「季節が移る」んですよ
時の流れをも現して居るんですね
さり気なく描かれた右下の蕗の薹とか、左隅の赤蜻蛉とか
飽きる程この絵を見てきた筈なのに何も観えていなかったんだな、と反省させられました
ああ、此だから絵に逢いに征くのは止められません

改めて想うのは、自分の変節ですね
彼の絵は、私が最初に彼の絵を知った時から「変わって居ない」筈ですから、好みの絵が変わるとか、受ける印象が変わると言うのは「私が変わった」事に他ならないんですね
変わったのは私であって絵では無い
其の辺り色々と感慨深いと言うか、個人的には複雑な思いもあります
なんですかねぇ
一言で言えば「歳喰って丸くなったんだな」ですかね
若干其の後に「orz」が入るのは内緒ですw

で、「歳喰って丸くなった」私が今回観に行って一番気に入ったのが此の絵です

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   「奄美の杜 1」

否、此の絵は前の作品展の時にも絶対眼にしていた筈だし、図録にも載っていますから何度も観ている筈なんですけどね
一番此の絵の前で「対話」している自分が居ましてね
我ながら「歳喰った」なぁ、、、と(笑

今回は前回の作品展と違ってスケッチは展示されていませんでした
私的には、彼のスケッチは物凄く衝撃を受けた「絵」の1つなので、是非もう一度観たかったのですが、美術館での展示会と言う性質上やむを得ないのかも知れません
その為にも、何時の日か「田中一村記念美術館」に行きたいと思っています
さて、その時には一体どの作品が私の琴線に触れ、私の変節を告げてくれるのでしょう
其れは其れでとても楽しみです
或る意味自分を験されているようで

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「妖画」ではなくて「洋画」の話

そう言えば今まで「絵」の話はしていませんでしたね
猫叉、絵が好きです
観るのも描くのも同じ位好きですね
最近は其のどちらも、とんとご無沙汰なのが些か寂しい限りではありますが
日本画はまた別の機会に語るとして、今回は洋画中心に征きましょう
あ、洋画と言っても「妖画」ではありませんよ
一応「洋画」です
只、ラインナップを観て頂ければお判りなように、殆ど「妖画」ですけどね ^^;

洋画には色んなジャンルやカテゴリーがありますけど、猫叉のお気に入りは「シュールレアリスム」、所謂「超現実主義」と和訳されている分野です
有名処だとダリとかマグリット辺りが筆頭ですかね

<サルバドール・ダリ>
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「記憶の固執」
以外と小さな絵なんですよ、此
後、ご本人自身が、まぁ、ネタみたいな方ですけどね ^^;
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「ご本人」
こんな見た目(失礼w)ですが物凄い愛妻家でもありましてね
奥様が亡くなられた際、「自分の人生の舵を失った」と嘆き悲しんで、その後の制作活動を止めてしまっている位です
そう言えばスペイン旅行の時、行きの飛行機内で読んだ機内誌にダリの訃報が載っていましたっけ、、、
今回この日記を書く為にちょっと調べていて見付けたのですが、若き日のダリってメッチャ”イケメン”です ^^;シンジラレナイ
証拠写真が此方
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<ルネ・マグリット>
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「空中に浮かぶ城」
最近「だまし絵」の作者として色んな所で取り上げられていますね
個人的には彼はだまし絵作者ではなく、やはり筋金入りの「シュールレアリスト」だと思っています
鳥の絵や樹の絵が有名ですけど個人的に好きな1枚は此方
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「光の帝国」
これぞ「マグリットの世界」だと想います

ポール・デルヴォー>
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「セイレーン達の村」
セイレーンとは海の妖精、と言うか、まぁ魔物ですね
此処では「人魚」の様です
其れで路に座る女性達の「足」が着物に隠されていて見えない、否見せられない訳なのですね 
え? どうして判るかって?
絵の中央に画かれた砂浜をご覧下さいな

で、個人的な一押しというか、好きな画家3人衆がこの方達
「ルドン」<オディロン・ルドン>
「タンギー」<イヴ・タンギー>
「キリコ」<ジョルジォ・デ・キリコ>

後、番外に「ボス」<ヒエロニムス・ボス>
何故ボスが番外かというと、彼の絵はカテゴリーから行くとシュールレアリスムではないから、、、
何ですけど、此の辺りの話は全く持って「判らない」と云うか、元々余り興味がないので割愛します
ただねぇ
此のシュールレアリスムの系譜に連なる画家達って、モロに私の好みなんですよねぇ
あ、因みにモロと言えば「モロー」も大好物です
<ギュスターヴ・モロー>
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お気に入りの「出現」

ベラスケス<ディエゴ・ベラスケス>  や グレコ<エル・グレコ>
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「女官たち(ラス・メニーナス)」             「受胎告知」

ゴヤ<フランシスコ・デ・ゴヤ>
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有名な「着衣のマハ」      と     「裸のマハ」

ボス<ヒエロニムス・ボス>     ブリューゲル<ピーテル・ブリューゲル>
Img6352b7b9zik9zj_2 Bruege_0001_2
   「快楽の園」部分          「雪の中の狩人」
等に始まり、ダリやマグリッドなどの有名処を経て
   ミロ<ジョアン・ミロ>   カンディンスキー<ワシリー・カンディンスキー>
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 「The Melancholy Singer」     「Composition VIII」
等の露骨な抽象画に至る一連の流れに添った画家達は観ていて実に愉しいです
、、、と此処まで紹介して来て一寸面白いと云うか、凄い事に気付きました
ブリューゲルの「雪の中の狩人」とミロの「The Melancholy Singer」以外は全部実物に逢っています、私 ^^;
やっぱり何だな
プラド美術館に行けたのって大きいんだなぁ
最も、湯あたりならぬ「絵あたり」してしまって友人M共々相当グロッキーに成りましたけど
其の辺りのお話しは又の機会に ^^

さて、お気に入り3人衆のお話なのですが
ま、彼等の系譜とか経歴とかは全部Google先生にお任せして、ですね
此処では私の私見と独断で選んだ「絵」の紹介と「感想」で征きたいと思います

先ずは「ルドン」<オディロン・ルドン>ですね
Img_1245719_33796000_1_2
「光の横顔」
此がルドンの石版画(リトグラフ)の中では何気に一番のお気に入りです
意外と小さな作品でしてね
此ならば一寸そこいらに架けて置いて何の違和感もない、、、と思えるサイズと構図、主題なのですが、矢張りその存在感と一種独特な「禍々しさ」みたいな物が有って、実際に架けたら悪夢に魘される事請け合い! なオーラがガンガン漂っていました
でも、欲しかったですねぇ
あの時思い切って買っておけば良かったかな、、、と今でも少し後悔気味に思います
何せ社会人2年生でしたからね
分不相応な金額に思えたのですよ、諭吉(当時は聖徳太子でしたが)3桁って
因みに展示されていたのは「丸善」の特設ギャラリーです
なんちゃって画廊のシルクスクリーン販売ではありません(笑
念の為
此の人、晩年と云うか、歳を取ってからはこんな色彩豊かで柔らかい「綺麗」な絵も描くのですけど
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   「白い花びんと花」
私の好みは専ら此方側です
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「II.沼の花、悲しげな人間の顔」       「蜘蛛」
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 「そして空から舞い降りた大きな鳥が彼女の頭のてっぺんに襲いかかる・・・」
矢張りと云うか、そう有るべきとでも云うか、な、感じですな ^^;
此等は文学作品に寄せられた「挿し絵」です
まぁ一寸彼の生い立ちをGoogle先生に尋ねて頂ければ、彼の孤独と心の闇の理由を垣間見る事が出来るのではないでしょうか
ルドンのこうした一連の石版画(リトグラフ)は恐らく色んな人に様々な影響を与えた事と思います
例えば、ほら、此なんか特にハガレンの「フラスコの中の小人」にそっくりでしょ?
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「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」 「フラスコの中の小人」

次に「タンギー」<イヴ・タンギー>
この人はなんと言うか、ま、謎の画家です ^^;
元々船乗り(商船に水夫として乗り組んだ後、兵役に就いたようです)だった方でしてね
除隊で海から上がった時に「キリコ」の絵を見て衝撃を受け、全くの「独学」で絵を描き始めたと言う変わり種です
何しろ全く美術の経験や勉強をしてこなかった一介の元船乗りが、一枚の絵でこう言う「世界」を画き始めるとか
世の中はまだまだ不思議が一杯満ちています
まぁ、正直なところ個人的にはタンギーもまた、キリコの絵を通して「彼方の世界」を覗き観てしまったヒトだったのでは無いかと想っています
55歳で急逝(脳卒中らしいですが)するまで、彼は少しずつ画風を変えながら一風変わった絵を描き続けました
最終的に行き着いたのが、こう言う鉱物的と言うか無機質的で摩訶不思議な物体が複雑に入り組んで画面を覆いつくした「得体の知れない」絵です
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        「弧の増殖」
最初に此の絵を見た時の衝撃は凄かったですねぇ
何でしょうかねぇ
良く「絵に引き込まれる」と言う形容詞が使われますが、此はそんな生易しい物じゃなかったですね
「お前が居たのは此処だ」「お前は此処から来たのだ」と言う物凄く不思議な感覚でした
私が私として産まれる前の、もっと前の、未だ私が私でも何でもない状態の時に、お前は確かに「其所」に居たのだ! と言う強烈なメッセージを受けたような気がしたんですね
暫く惚けたように絵を見ていたのを今でも覚えています
でもねぇ
其所はなんと言うか、私にとって「快適とはほど遠い」と言うか、決して「心地良い」所では”無い”のですよ
感覚的に辺り一面生温かくて、何もかも手触りが乾いては居るんですが、正体が掴めない程柔らかくぐんにゃりしていて、然も何処まで行っても果てが無く、正体不明な「世界」が拡がっている、、、そんな感じでしょうか
快不快で現すなら「結構、不快」ですね、はっきり
だから「其所」へ「還りたい」とは微塵も思わないのですけど、私の「元」が晒されたような物凄く不思議な「既視感」がありました
然も私はタンギーの絵の実物に未だ巡り会えていません
この強烈なイメージを受けた「弧の増殖」でさえ実は、と或るシュールレアリスム系譜の画集に掲載されて居たのを、たまたま目にしただけなのです
決して高くはない、寧ろ廉価版の其れですら、この衝撃ですからね
実物だったらどうなのか、どうなるのか、何を思うのか、何を感じるのか、と色々考える訳ですよ
ま、実物だからと言って必ずしも図版の写真印刷よりインパクトや得る物が大きいか、というと其処は又微妙なのがこう言う「世界」でもありますから、一概には言えないのですけどね
とは云え、やはり実物は実物です
相性と云うか、作品と作家と受け手の波長が上手く合えば、写真印刷からは伝わって来ない「何か」を巡って絵と色んな対話が出来ますからね
今でも「其処」へ「還りたい」とか「行きたい」とかは全く思いませんけど、何時か「其れ」を「観に」直接征ってみたいとは想っています
作品(絵)と対峙するのが色んな意味で個人的に最も愉しみな1枚ですね、此は
戻って来られるか否かの真剣勝負になりそうな予感満載ですが、、、(笑
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   「無限の可分性」

「キリコ」<ジョルジョ・デ・キリコ>
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「通りの神秘と憂鬱」
「キリコの街」「マグリッドの空」「タンギーの海」は私のもう一つの故郷です
私は「此処」から来ました、「此処」に居ました、となんの衒いも気負いもなく云える「世界」です
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「赤い塔」
キリコとの出逢いはこの有名な作品でした
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「不安を与えるミューズたち」
美術の授業で好きな絵を模写する課題が出た事がありましてね
迷わず此を選びました
模写して感じたのは「意外と画き易い」と言う技術的な側面と、「音無の世界」だと言う物凄く個人的で感覚的な事柄でした
何度見直してもキリコの街って「音無」の世界なんですよね、私には
一切の音が無く全てが流れるようにゆったり動いている世界
一定の風だけが決まった方向に吹き流れて行く世界
時間は止まったも同然な位ゆっくりとしか進まない世界
そして、色んな意味で「永くは居られない」世界
そんな街に降臨したミューズ(音楽・舞踏・学術・文芸等の女神)達の残骸がひっそりと佇む廃墟のような世界を画いた「絵」
いやぁどうにも不健全と云うか、若い中学生が好む絵ぢゃない気がします ^^;
でも「好き」だったんですねぇ
模写していてとても愉しかったのを覚えています
後年キリコは此の手の絵を描くのを一切止めてしまいます
口さがない私に云わせると「非常につまらない大甘で只のロマンティストな画家」になってしまいます
然も其の後に「決して巧くはない」と「成り下がった」と些か悪口めいた愚痴が付きます ^^;
なので余計此の一連の「キリコの街」を画いた作品群は、実は描いたキリコですらほんの一瞬だけ覗き得た「異次元の風景」なのではないかと今でも私に想わせるのですね
彼に、と言うか此の一連の作品群に影響を受けた人は多いと思います
前述のタンギーもそう言う1人でしたし、こんな漫画家まで居ますから

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「久保キリコ」
誰が作ったのかその秀逸なパロディが此方
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                   元ネタは多分此方
                 「ヘクトルとアンドロマケ」
無論、この人もキリコのオマージュですしね
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「死に神の化身 Dr.キリコ」

最期に番外編の「ボス」(もしくボッシュ)<ヒエロニムス・ボス>
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             「快楽の園」
はい!はい!はい!
ひじょ~に判り易い「化け物」達が山ほど描かれていますね ^^;
実は彼も謎の画家です
元々オランダの画家なんですけど、16世紀の宗教改革運動のお陰でその作品の大半が滅失の憂き目にあっています
たまたまスペインのフェリペ2世がボスの絵の愛好者だった為、プラド美術館に此の「快楽の園」を始め10点余りが辛うじて残りましたが、現存するのは30点程ではないかと言われています
其の殆どが聖書に基づく寓話を絵にしたような作品なので、宗教画とも言えなくもないのですけど、何というか色々謎に満ちていましてね
個人的には最も「シュールレアリスム」の名にふさわしいのではないかと思っています
因みに「快楽の園」に描かれているボスの自画像と云われている「部分」が此方
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でもって、其所を「立体化」し、其れに飽きたらず「販売」までして居ると云う現実
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「Hieronymus Bosch ヒエロニムス・ボッシュ - 「悦楽の園」Tree Man のフィギュア」
(ステマ予防の為URLの一部を変えてあります、興味のある方は「ヒエロニムス・ボス フィギュア」で検索下さい)
しかしなんだなぁ
立体化できると言う事は、この構図がボスの頭の中ではちゃんと3次元だったと云う事ですよね
う~~~む
矢張り此は彼が「何処か」で実際に「観た」物達だと想わざるを得ませんな(笑

因みに此等に似合うBGMは(凄まじく個人的に)此方を一押し 
「George Szell conducts Ravel's Daphnis and Chloe: Suite No. 2 」
 George Szell conducts the Cleveland Orchestra
「ダフニスとクロエ」ラヴェル作曲 セル/クリーヴランド

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