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白い馬

先日、かねてからの宣言通り京都国立近代美術館へ「山口華陽 展」を観に行ってきました
京都に行くのは久し振りです
MTT/SFSのコンサート同様、30ン年振りですかねぇ
前はやはり同じく京都国立近代美術館へ、カンディンスキー展を観に行きました
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「ワシリー・カンディンスキー」

あの時は、オーケストラ仲間のS女史(オーボエ吹き)が、渡月橋近くの料亭でランチが喰いたい! と
私は、京都国立近代美術館で開催中のカンディンスキーが観たい!
で、目的地が一致しましてね
ならば一緒に行くか~! となった訳です
今思えば、随分とまぁ方向性の違う者同士の珍妙な旅路ですね
S女史はカンディンスキーには全く関心がないし、方や私はと言うと、料亭のランチには全く食指を動かされませんでしたから ^^;
いやいや、ランチはとても美味しかったですよ
3時間待ち位でしたけれどw
当時は未だ、携帯電話なんか普及していませんでしたから、受付と同時に番号票を渡されましてね
「お客様だと大体○○時○○分位なので、その10分前くらいになったらお越しください
京都観光ならレンタサイクルが手軽で便利ですよ~」
と教えられて、後は ”自由放牧~w” です ^^;;
教えて頂いた通りに自転車をレンタルし、興福寺へ憧れの阿修羅像を観に行ったんですけど、運悪く肝心の阿修羅像様は「全国行脚」の最中で御座いましてね
ご不在でいらっしゃいました、、、orz
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「全国行脚中の為ご不在でいらした阿修羅像」

ヤケクソになった私は、彼女を誘い其所から何故か太秦映画村へ
散々2人して時代劇にトリップし、憂さを晴らした後、云われた時間にお店へ戻りました
あの時「凄いなぁ」と思ったのは、仲居さん達の時間の読みの正確さです
本当に云われた時間に順番が来て席に通されました
のみならず、料理の出て来るタイミングが絶妙なのですね
一応「懐石」なので1品づつ出されてくるのですけれど、食べ終わって一息つく頃に次の物がさり気なくすっと出て来るんですよ
あれは凄いなぁと本当に吃驚しました
食べるスピードは人によって違うじゃないですか
然も基本早喰い(高校時代に母校の伝統だった早弁の名残w)の私と、ゆっくり味わいながら食べるS女史とでは、当然食べ進むスピードが違います
其れにもかかわらず、お互いが良い具合に食べ終わって次を待つ気分になるのを見計らって、ちゃんと「次」が出て来るんですね
待たせない、でも、決して急かさない
流石は料亭、接客のプロです
プロフェッショナルというのはこう云う物なんだねぇ、
と、あの時は2人して感嘆しながら帰ってきました

まぁ、今回は山口華陽展だけが目的ですので、残念ながら件の料亭ランチはありません(笑
第1、肝心のお店の名前が判りませんしね ^^;
時間的にもお財布的にも余裕が無いので、コンサートに引き続き「行って、観て、帰る」だけです、、、orz

山口華陽」は、私の好きな日本画家 No.1です

特に今回の展示には大好きな「白い馬」が有ると解りましたから、此は是非とも観に行かねば! と気合い充分です

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「白い馬」 山口華陽 作

猫叉は、本当に幼い頃からの「馬好き」でしてね
なので、馬の「絵」や「彫像」「写真」等には可成り五月蝿いです
元来、物事の好き嫌いが可成りハッキリしていますから、特にこう言う「元々好きな題材」となると、輪を掛けて五月蝿くなります
例えば、同じ日本画家の「白い馬」でも、「東山魁夷」の描く「白い馬」では、私には物足らないのですね
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「白馬の森」 東山魁夷 作

何故なら、あれは「馬の形をした馬ではない物」だからです
強いて云えば「精霊」みたいな物ですかね
リアルな馬じゃないんですよ
その点、山口華陽の描く「白い馬」は、「馬その物の化身」なんです
丁度東山魁夷の白い馬とは対極になりますね
「馬なんだけど馬ならざる者」(山口華陽)と「馬の形をした馬ではない物」(東山魁夷)の違い
言葉や文字で表現するというのは本当に難しいですねぇ
どうやって解説したら私の感覚を伝えられるのだろう
山口華陽の描く花鳥画や動物画には、綿密で正確なデッサンの下地があります
一見、大らかで自由闊達な線に見えますが、実の所其れは物凄い描写力と画力に裏打ちされた、実に正確無比で質実剛健なライン取りの賜なんですね
今回初めて素描やデッサン、下絵などを見てきましたが、本当に線に迷いがないんですよ
生き物を描くと言う作業は実際にやってみると良く解るのですけれど、意外と難しいものです
相手は「勝手に動く」或いは「動かない」が前提な「此方の思うとおりの格好はしてくれない」のがデフォルトなモデル達です
だから描きたいカタチは自らの脳内補完で可成り補ってやる必要があります
其の為には無関係と思われるような姿やポーズ、表情や仕草なんかを膨大に積み上げておく必要があります
そう言うデータを元に、対象生物を一旦頭の中で3D化した上で自在に動かし、最終的には其れを2次元投影しなければならない
そんな煩雑な手続きが必要となります
大袈裟なように聞こえますが、実際に山口華陽は絵を描く前に彫像を造っていた、という有名な逸話がありますからね
動物園に足繁く通い膨大なスケッチをし、其れを元に彫像を造り、その上で作品に臨んだ、と言います
後、1度でも本物の日本画をご覧になった方はご存じだと思うのですけれど、日本画って物理的に「デカイ」んですよ ^^;
此も、1度でも描いた事のある人なら良くお解りなのですが、デカイ絵ほど誤魔化しが利きません
些細なデッサンの狂いが、容赦なく拡大再生産されてしまいますから

今までにも機会が有れば、都度、山口華陽展には出向いていましたが、今回のように一気に彼の作品を目の辺りにしたのは初めてでした
私はお気に入りの絵とじっくり対話するのが好きなので、大概は1つか2つの作品の前で長時間黙って観ている事が多いのですが、今回は一寸様相が異なっていました
何時もの様に対話相手の絵を捜す為に、先ずはざっと流し観をしていたのですけれど
その段階でもうぅ感無量になりましてね
思わず涙が出て来ました
絵を観に征って泣いたのは本当に久し振りのことです
で、何度も何度も観て廻り結局、今回一番噺をしたのは、

この絵
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「霽」 (さい → 霽れる)  昭和43年

と、この絵 
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「黒豹」  昭和29年


ああ、何度観ても良い絵ですねぇ
色遣いと言い、空間の割り振りと言い、題材と言い
此ぞ、日本画! という気がします
後、今回初めて気付いたのは、山口華陽の絵の背景色って物凄く繊細で綺麗で濁りや雑味が無い、と言うことでした
物凄く複雑で奥深い色なのに、洗煉され尽くしているから、顔料にも係わらず与える印象がクリアで透明感に溢れる仕上がりになっている
此の辺り代々続く友禅の染め物職人の血がなせる技なのかもしれません
後、此はやはり半端ではないデッサンの賜なのだと思いますが、1つの作品、描かれた生き物達の「静と動」が其所に「同時に存在」しているんですね
静かに端然と其所に存在している、と同時に、優雅に動いて其所に今も息づいている
其れは生き物に他ならない位正確な姿なのに、同時に生き物たり得ない美しさと完璧さを兼ね備えている
静と動
生と死
生き物という不完全さと、自然の造形物という完全さ
其所に居ながらにして、同時に其所には存在し得ない
そんな相反する2面性が絶妙のバランスと確かな力に裏打ちされて其所にある
良い絵という物は人、否、私に思考や閃きを与える良薬の様です
否、此はもう、私にとっては生きる上の糧に他なりません

本当に久し振りに良い絵を観させて頂きました


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