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「大勢で演奏(や)るワケ」 補足

マイフレさんにまたまた面白いと言うか、興味深いご指摘を頂きました
折角なので「補足」をしたいと思います ^^
曰く
>「疑問は同じ楽器で何人もで同じ事をする場合
個人の個性は出せず正確に演奏出来る人がうまい演奏者と言う事ですよね?
全体演奏の個性を出せるのは指揮者だけと言う事になり
演奏者にとってはつまらないんじゃないかと思いました? 」

うん、コレ、本当は「大勢で演奏(や)るワケ」でも書いておこうと思ったのですが、またもや半端無い長文になりそうだったので割愛したんですね
只、個人的な解釈や想いがどうしても入ってしまうので、其の辺りは御勘弁を、、、(汗

みんなで同じ事をするのは没個性ではないか、、、と云う事なんですが
まぁ、そう云われれば其のその通りかもしれません
ただ、そう簡単に「はい、そうですね」とは行かない処が、クラシックの恐ろしさと云うか、奥深い所と云おうか
面白いと云うか、伊達に古くはねぇよと云う事ですかね ^^;

先ずは「同じ事をする」なのですけど
実は、同じ楽器であっても同じ事をしているワケではない、事もあります
管楽器の場合、1st、2ndと違う事を演奏るのは”非常に良くある事”ですし、特殊楽器との持ち替え(一人二役)も良く行われています
弦楽器は管楽器ほど役割分担が細分化されていませんから、どうしてもこう言う機会は減るのですけれど、其れでも色々とパート内(同じ楽器内)で違う事を演奏らされる事もあります

良くあるのはsolo(ソロ・独奏)ですね
通常、solo指定があった場合は首席奏者が1人で演奏します
ボレロなんかが”soloの嵐”で有名です
低弦なんかにも良くsolo指定があります
ContraBassのsoloで有名なのはマーラーの交響曲第1番「巨人」第3楽章の冒頭かな

「Dudamel: Mahler, Symphony 1 (Third Movement) 」

<Inaugural Concert at Disney Concert Hall. Los Angeles Philharmonic Orchestra.>
演奏・ ロサンジェルス・フィルハーモニック
指揮者・ グスターボ・ドゥダメル
ベネズエラ出身の指揮者とは、まぁなんつーか”らしい”ですな、ロス・フィル ^^  GJ!
個人的にはこう言う大甘的なマーラーは今一好かんのですけど、音質が良いのとContraBassのsoloが判り易かったのでチョイスしました

音源だけなら断然此方の方が好みです(笑
「Mahler 1st Symphony (4/6); 3rd movement; Boulez」

<Gustav Mahler 、Pierre Boulez、Chicago Symphony Orchestra>
演奏・ シカゴ交響楽団
指揮者・ ピエール・ブーレーズ
ああ、やっぱり全然音の厚みが違いますな ^^;
マーラーはこうでなくちゃ

で、最近はこの方もお気に入り ^^
「Symphony No.1 in D Major "Titan" III.Funeral March (A) 」

<Music composed by Gustav Mahler. Michael Tilson Thomas; San Francisco Symphony Orchestra>
演奏・ サンフランシスコ交響楽団
指揮者・ マイケル・ティルソン・トーマス
優しいマーラーですねぇ
でも甘くない
なかなか良いなぁ ^^

と云う事で、まぁ、” 趣味で ” 3ツ並べてみました ^^;
閑話休題

後はオモテだけ演奏、と言う指定もありますね
オモテと云うのは、以前「Sinfonia・シンフォニア <休憩時間のロビー> 1 」
で説明しました通りですが、もう一度簡単に説明します
オーケストラは大勢が舞台上に集まっていますから、個人スペースは必要最小限しかありません
なので譜面も通常は2人で1個です
此の2人一組を「pult・プルト」と言い、オモテとウラが居ます
例外もありますが、通常、客席側から見て右側のグループは2人一組の左側がオモテです
逆に左側は右がオモテになります
演奏中、譜面を捲るのはウラの仕事です
此の「オモテ」だけ指定とか、稀にオモテとウラと違う事を演奏れ、と指定されている事もあります
近代になると2pultのみ演奏とか、まぁ、細々とした指定を喰らうケースも稀にですが、あったりします
後、厳密な話、全く同じ事を多人数に要求しても実質ムリ!と言うか、本来不可能な話ですね ^^;
例えばContraBassが8本あって8人が揃って弾けたとしても、単純に音量が8倍に成るワケではありません
演奏者毎に音が違いますし、楽器によっても鳴り方が違いますからね
そう云う微妙な差異が音に厚みと深みを増すんですよ
個性を消して正確に弾く事がオーケストラの団員として一番求められる素養かと云えば、其れは違いますね
寧ろ正確に楽譜通りに弾くのは「当たり前」な事なんです
その上を征くのがプロなんですね
定型文章の中にどう個性を反映させるか、鎬を削る作業とでも云いますか
だから、だと思いますが、オーケストラの人達ってみんな物凄く個性的なんですよ ^^;
アマチュアですらもうぅね 濃ゆいぃ~人達の集団です ^^;;
まぁ、全体から見れば確かに大筋からは外れませんし、もっと個性を! 或いはもっと出番を!! と思う人達も居ます
っつーか、多分みんなそう思っていますね、本音は ^^;;;
何しろ「目立ちたがり屋」の集団、ですから (笑
実際、管楽器、特に金管楽器を演奏する人達は確実にそうだと思います
「休み、休み、休み、、、ず~っと休み、以下略、、、やっと出番だ ”A”、はい 又 休み、、、」
と何処ぞのトロンボーン吹きが笑って云って居たように、曲によっては出番が少ないですからねぇ
其の辺り不満な演奏者達も現実少なからずいらっしゃると思います
こう言う人達の内、実力と行動力のある人達は、オーケストラを離れてアンサンブルを組んだりリサイタルを開いたりして活動します
ぶっちゃけ、ソリストになるには可成りの技量とその他諸々が必要とされますから、そうそう簡単にオーケストラを離れて活動と云う訳にもいかない、とは思います
只、そう云う雑多な事を抜きに考えても、オーケストラに居るという事自体「大勢で演奏る」事を”良し”とする人達なんだと思います
ソロや少人数では得られない歓びがオーケストラにはありますから  ^^

手前味噌で申し訳ないんですけど
例のオーケストラ噺にシャイーというトランペッターが出て来るのですが、彼にこう言う台詞があります
「だって、どうせなら大勢でわぁわぁやった方が愉しいじゃないか? だから俺は其所に居るんだよ」
設定では彼は警察音楽隊出身ではある物の、稀代の名トランペッターで請われれば何処にでも行って何でも演奏するというマルチプレイヤーです
で、音楽隊仲間から一緒にアンサンブル組んでツアーしないかと誘われるんですね
其れを断るんですけど、「何故? オーケストラにいたって(出番が少ないから)面白くないだろう」と問われての台詞です
まぁ一寸乱暴で一方的かも知れませんが”そう言う事”なのではないかな? と個人的には思っています

後、個性の話ですけど
此方も手前味噌で申し訳ないのですが、(指揮者で作中人物の)セルがSinfonia・シンフォニア(作中オーケストラの名前)を評して
「(彼らは未だ)オーケストラとして自立していない」と云うシーンが出て来ます
どう云ういう事かと云うと、、、
先ずは、ですね
指揮者とオーケストラの関係なんですが(此もオーケストラ噺にイヤと云うほど出て来ますが)、実際の主導権はオーケストラ側にあります
物凄く乱暴で簡単に云ってしまうと、指揮者を雇っているのは楽団に他ならないんですね
まぁ指揮者と云うのは独り親方みたいな物ですかね
オーケストラにも色々あって、地方の弱小オーケストラ(失礼)からウィーンフィルのような超1流のオーケストラまで様々です
此処ではモロに指揮者とオーケストラの力関係が影響を及ぼし、更に個性がぶつかり合います
ウィーンフィル辺りになると、もうオーケストラの自我が目茶苦茶強いですから、極論、誰が振ってもウィーンフィルの音しかしません ^^;
尤も彼らは物理的に楽器が違うと云う事もあるのですけど、やっぱり「俺達はウィーンフィルなんだ」という凄まじい自意識と主張があると思うんですよ
此も以前何処かに書いたかも知れませんが、ウィーンフィルほど強烈ではなくとも、1流と呼ばれているオーケストラにはそれぞれ独自の「色」があります
私も昔はレーベルを見なくとも、聴くだけで大体何処のオーケストラで、誰が振っているか見当が付いたものです
それ位音には個性が出ます
オーケストラのそう言う独自の「色」と言うのは、矢張り楽団員の個性と其のオーケストラが辿ってきた歴史が、其所へ端的に現れているのだと思うのですね
もとより指揮者は”個性の塊”のような人達ですから、オーケストラを指揮するという事は、文字通り「個性と個性がぶつかり合う」事になります
此処で指揮者の其れとオーケストラの其れが上手く融合すると、双方の特色が良く出た名演になり良い組み合わせ、となります
反対に合わないと本当に悲惨な事になります
其の辺りの駆け引きには正に力関係だけではない、人間らしい物が其所に介在している様に思います
オーケストラだけではない、指揮者だけではない、双方が認め合って始めて名演が形作られるんですね ^^

偶に、こう言う関係に「神がかっている組み合わせ」があったりします
有名な処では
ベーム/ウィーンフィル
カラヤン/ベルリンフィルの最盛期
オーマンディ/フィラデルフィア
ショルティ/シカゴの晩年
あたりかな
個人的には「メータ/ニューヨーク」も入れたい所ですが、此には色々と異論もあるでしょうね ^^;
私の好きな「セル/クリーヴランド」もそうした「神がかっている組み合わせ」の1つです
只、此の組み合わせが前述と違うのは、セル自身がクリーヴランド管を超1流の域まで叩き上げた本人、と言う事実でしょうか
此に似た組み合わせが「メータ/イスラエルフィル」ですね
彼らの結びつきは通常の雇われ指揮者とは違っています
一心同体みたいな物でしょうか ^^

私が現役で聴いていた頃のイスラエルフィルは正直言ってバランスが今一でした
非常に豊かに色濃く歌い上げる弦に対し、管楽器、特に金管が弱かったんですね
このブログを書くに当たり最近の音を聞いて回ったのですけれど、其の辺り可成り改善されているように思います
相変わらず「泣かせる」弦は健在のようですしね ^^

そんなメータ/イスラエルフィルでの私のお薦めは此方

「Mahler : Symphony No.5 - Adagietto - 」

<Mahler : Symphony No.5 - Adagietto -、Zubin Mehta、Israel Philharmonic Orchestra>

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