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「火の鳥」を聴いての想い

なんだろう
この気持ちはどう表現したら良いんだろう

不思議なストラヴィンスキーだ
こんなストラヴィンスキーは聴いた事がない

最初の感想は「色が無い」だった
何と言うか
色彩ではなく、その指揮者とオーケストラとしての「色」が無い
一瞬、ああ、彼はストラヴィンスキーに向いていなかったのかな、と思った
神ではないが故に万能では有り得ない
彼にも向き不向き、得手不得手があったろう
そう思っていたら
聴いている内に猛烈に総譜(スコア)が観たくなった
思わず本棚に駈け寄ってスコアを引っ張り出す
そして、普段余りやらないのだが一旦曲を最初(あたま)に戻す
スコアを追い始める
何度も落ちるが春祭(春の祭典)ほど難しくは無い
追える!
此処で始めて気が付く
そう言えば「火の鳥」のスコアを追ったのは此が初めてだった
何度も繰り返し聴きながらスコアを追う
追いながら思う

知らない記号や単語が山のように出て来る
何だろう此、時間がある時にちょっと調べてみよう
あ、ストラヴィンスキーって意外とContraBassが好きだったのかな
格好良いじゃん、Bass
弾けたら楽しいだろうな
あ、又落ちた、くそっ!

今まで聴いてきた火の鳥とは全く違う次元の楽しみが此処にはある

一旦、スコアを閉じて聴く事に専念する
ああ、此
一体何と表現したら良いのか
どう言い現したら此の気持と感覚が伝わるのだろう
ストラヴィンスキーなのに、何でこんなに雑味が無いのだろう
其所にはただ「音」だけが或る
純粋な音楽だけが存在している
目に浮かぶ映像とか、独自の解釈とか、そう言う余分な物は一切無い
究極まで切り詰めて削ぎ落とした「音」だけのシンプルな世界
何処までも純粋で、クリアで、正確無比で、無駄の無い「音」だけの世界
完璧なアンサンブルを誇る彼とクリーブランド管らしいストラヴィンスキー
否、らしいじゃない
彼等だからこそ出来た或る意味究極のストラヴィンスキー

ああ、やっぱりSzellなんだ
何処まで行っても、何を振ってもやはり彼はSzellなんだ
さしものストラヴィンスキーも彼の軍門に下ったか

彼は何時も私の意表を突く
特に先入観があるとき等、見事なまでにそれをぶち破ってくれる
そして穏やかに指摘するのだ
「こうだよ、良く(スコアを)見てご覧」
ああ、だから私は矢も楯もたまらずスコアを取りに走ったのか

何時も彼(Szell)は私を学ぶ事へと誘(いざな)う

-------------------------

此の「火の鳥」
評価は分かれるでしょうね
私自身もあれを良しとして良いのか判断に苦しみます
何故なら余りにも「音、其の物」だから
あれをストラヴィンスキーだと言うには余りにも何かが違うような気がするのですね
第一、ストラヴィンスキー本人が異論を唱えそうですし (笑
何だろう
洗煉され過ぎていて最早別物な感じ、とでも言いましょうか
只、私にとって此の「火の鳥」は教科書のような感覚です
全ての先入観や補足、解釈を取り払った「事実(音)」のみで構成されている演奏
そんな感じです
草書を習うには先ず楷書から
基本型を学び、習わない所に正しい応用や発展はありません
実は此、私が一番苦手とする物なのですね
何時も、基本を有る程度習得したら後は、応用力と対応力(力ずくとも言う)でなんとかして此処まで生きてきたのが「私」ですから

彼(Szell)は何時も私に、その時に相応しい課題を提示します
今回は「初心に還れ、そしてきちんと学べ」と言う事のようです

実の所、私はSzellのストラヴィンスキーを、もうかれこれ30年以上も追い求めています
ある時、偶然メータの春の祭典(NPH板)に出逢い(此の辺りの経緯は過去日記「恋人を紹介しようと思う 其のⅠ」をご参照下さい)ストラヴィンスキーと彼に取り憑かれたような熱狂時代を過ごします
其の後、ひょんな所に乗っていた記事、と言うか広告のような1文から、Szellが振ったストラヴィンスキーが存在する事を知ります
慌てて、当時懇意にしていたレコード店を通じ発注(オーダー)を掛けたのですが、その時はもうとっくの昔に廃盤になっていました
速攻「入手不可」の返答を貰い落胆した物です
本でもレコードでもそうなのですが、一旦廃盤になるとその入手は可成り困難になります
其れでも私は諦めきれずあの時以来、ずっと中古品はもとより輸入盤も丹念に探し続けて来ました
色んな情報源を頼りに捜して来たのですが、その存在すらヒットすること無く今日まで来てしまいました
例の「ラフ2事件」の後、youtubeでも捜しましたが矢張り見付ける事が出来ず、流石に諦めていたんですね
もう、あの時の1文は私の思い違いや見間違いなんだ、、、とそう想わざるを得ないような状況でした
なので、此のCDを見付けた時は俄には信じられず、何度も穴の開くほど画面を確認した物です
ですから、此は私にとって文字通り「幻」の音源だった訳です

長年の悲願が叶う、そんな想いを載せた件のCDが、先日の昼過ぎ届きましてね
早速聴いた訳ですけど
まぁ、なんつーかやっぱり師匠には叶わないな、、、と orz
否、元々叶う筈も無いのですが、、、 orz
物凄く穏やかに「私の後を追うのならちゃんと勉強しなさい」と諭されたような気がします、、、 orz
暫くは「火の鳥」のスコアを持って出勤します
ああ、昼休みに激しく浮く様子が今から目に浮かびます、、、 ^^;
ま、良いです
元々、休憩時間には色々とあっちやこっちに征っちゃってて「其所」には居ないんで(笑

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