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3人の「先生」と2人の「師」 其の弐

まぁこんな訳で(どんな訳だ?w)「新世界より」がそもそもの始まりだったのですけど
一番最初に強く衝撃を受けたのは、シベリウスの交響曲第2番、通称「シベ2」です

因みに、私達は良く曲名や人名を省略します
大概は単純に短くなります
シベリウス交響曲第2番→シベ2(しべに)
ベートーヴェン交響曲第7番→ベト7(べとしち)
ブラームス交響曲第4番→ブラ4(ぶらよん)
ドヴォルザーク交響曲第8番→ドボ8(どぼはち)
の様に交響曲の場合、作曲家の冒頭2文字+番号が多いのですが、副題があるヤツはそのまま副題のみで呼称します
ベートーヴェン交響曲第五番→運命
同第8番→田園
シューベルト交響曲第8番→未完成
コンチェルト(協奏曲)だとこんな感じ
チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番→チャイコのP(ピー)コン1番
因みに、ヴァイオリンだとV(ブイ)コン、チェロはそのままチェロコン
例外は
ラフマニノフピアノ協奏曲第2番→ラフ2
只、例外も多くてですね
長くても省略しない作曲家も居ます
プロコフィエフ、ムソルグスキー、モーツァルト、ブルックナー、ストラヴィンスキー
此の辺りは名前が長くても省略しません
指揮者にも省略形がある人が居ます
有名なのが「フルトヴェングラー」通称「フルベン」でしょうか
尤もフルトヴェングラーファンの方に云わせるとこう言う短縮形は「失礼極まりない」のだそうですが、、、 ^^;

Furt
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwängler)

で、何の話だったけ、、、
ああ、そうそう シベ2だ シベ2
シベリウスは、フィンランドでは「第2の国歌」として愛され続けている「フィンランディア」(祖国独立を鼓舞した曲としてつとに有名)の作曲者なのですけどね
良く云えば非常に「感情表現豊かで壮大な」曲なんですけど、悪く云うとワーグナー程ぢゃないにしても、まぁ、なんつーか
「派手」で「大仰」な、如何にも「さぁ!感動して下さい!」的な、大手広げて人が飛び込んで来るのを構えて待っているような楽曲、と言う感じなのですよ
私みたいな真性の天の邪鬼だと「こう言うの」は、つい1歩も2歩も後へ”引い”ちゃうんですね
なんか「そうは問屋が卸さないぞ」的な意地っ張り根性が、つい邪魔しましてね  (笑
只、シベ2は基本名曲ですし、とても聴き映えのするライヴ向きの楽曲でもあります
だから多くの指揮者は、特に演奏会(ライブ)に於いて非常に感情豊かに歌い上げるので、聴いていてもなんか派手でしてね
私のような天の邪鬼極まりない感性からすると、どうしても演出過多に過ぎるように感じられてしまうんですよ

私と”其のシベ2”の出逢いは、と或る今は無い商業施設の4階に入っていたレコード屋さんの「廉価版」コーナーでした
中学生の頃だったと記憶しています
何気なく其所に「拾い物」を捜していた私の手を、止めさせたのはこんな煽り文でした
「私は私自身より音楽を愛している」
可成り後になって此はセル本人の言葉だと知りました
此の言葉と彼の生涯についてはまた、何れ改めてちゃんと書きたいと思っています

で、そんな煽りの入った其れは、ジョージ・セル/アムステルダム・コンセルトヘボウに寄る「シベリウス交響曲第2番」でした
然も「ライヴ音源」です
当時の私には、未だセルのライブ音源は未知の領域でした
非常に興味をそそられたので、速攻購入し帰宅
只、今と違って簡単に「試聴」出来る時代ではありませんでしたし、例え買って帰ったとしても実際に音に触れるまでには様々な「儀式」が必要なアナログの時代です
実際にセル/コンセルトヘボウのシベ2に触れられたのは、多分その日の夜だったと思います
最初の感想は「!」です
其れのみでした
こんなシベリウスは聴いた事がない!
今でも聴く度に思うのですけど、非常に抑制の利いたシベリウスなのですね
物凄く「歌い上げて」いるのに派手さが全く無い
ライヴなのに冷静で端正で整然とした、が、こんなにも熱い演奏があるのだろうか
まるでスタジオ音源のような正確さです
聴いている内に自然と涙が溢れてきて止まらなくなりました
此のセル/コンセルトヘボウのシベ2には、本当に今まで幾度助けられた事か判りません

この時、初めて痛切に感じたんですよ
「口惜しい」と
セルは1970年大坂万博の際、5月に初来日公演しています
そしてその2ヶ月後の7月30日に亡くなります
死因は心不全でしたが末期の骨肉腫でした
本人が其の辺りのことを自ら語っていないので、推察するしか術がないのですが
少なくとも大坂万博時には自らの死期を悟り、自分に何か有っても良いようわざわざセカンドコンダクターを連れて来日しています
其れが以前ボレロで紹介した「ピエール・ブーレーズ」其の人です
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ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez)

色々と考え合わせるに、
少なくとも亡くなる1年前のザルツブルグ音楽祭の時には「覚悟」を決めていたフシが見受けられますから、案外早い段階で腹を括った可能性は高いです
何れにせよ、私がセルという人を知った時には、彼は既に「鬼籍」だったのです
其の辺り、文字通り「如何ともしがたい」現実に、何度「歯咬み」したか知れません

彼の音造りは良く
「あまりに精密な演奏と禁欲的で客観的な演奏はしばしば冷たいと評される」by.wiki
とあるように、正確無比で純度100%の純水のような透明感を誇ります
其れは確かに、研き抜かれたクリスタルの輝きのようなある種の「金属的な光沢」を放っては居ますが、決して「冷たく」はありません
少なくとも私は彼の音楽を一度も「冷たい」と感じた事はありません
寧ろその真逆です
裏に秘めた情熱は可成りな物ですし、実際彼のスコア(総譜)の読み込み、研究は半端ではなく様々な逸話を残しているほどです
有名な話があります
とある有名な交響曲の或る1節
セルの物はスコアと違います
彼のアレンジだろうと皆が思っていたのですが、後に其の該当部分が所謂「清書ミス」で有ることが判明したのです
様々な検証がなされ、その箇所は訂正が確定し、世界中のスコアが改訂されました
その報に接した当の本人は涼しい顔で
「そうだろう?あの部分はああでなければ理屈に合わない」
と答えたそうです ^^;
このような逸話からも、彼は良く「マエストロ」とか「教授」とか呼ばれていたようです

こう言う己の情熱やロマンティズムを表に出すことなく深く内に秘め、しかしながら表向きは非常に抑制の利いた、冷静沈着で正確無比な色合いの濃い人を、私は非常に好む傾向にあります
其れは私にとって永遠の憧れであり目標でもあるからだと思います
何故ならば、本来の私は短気で喧嘩っ早く直情型であり、理性より直感で動くタイプなんですね
だからこそ、こう云う自制心の塊のような人や物や音に強く惹かれるのです
私にとって、セル/クリーヴランドの音は正に「自身の理想型」なのです

元々セル自身は欧州の人です
なので、アメリカに本拠地を置いては居ますが、音造りもどこか欧州の風が漂います
セルが来る前のクリーヴランドは、無名の一地方オーケストラに過ぎず、正直なところ2流以下3流以上という、半端で何処にでもあるありふれた地方楽団でした
其れを彼が徹底的に鍛え上げ、最終的には「セル/クリヴーランドの芸術」とまで呼ばれる域に達します
其の辺りの逸話は、本当に枚挙に暇がない位有ります
相当のスパルタで、音に関しては本当に容赦しなかったらしく、楽団員の2/3が入れ替わったとされています
又、彼自身も演目スコアの「暗譜」は最早デフォですし、ピアノの名手でもありましたから演奏する楽曲を自ら弾く等、何ともはや、楽団員にとっては文字通り「ぐうの音も出ない」ような存在だった訳ですね
まぁ、元々指揮者にピアノは必須教科なんですけど、其所までやられれば楽団員も黙るしかないじゃないですか  ^^;ワタシナラダマル
更に彼は演奏会プログラムの組み方、案内のやり方等のマネージメント方面にも遠慮無く働きかけ、よりよい環境を創り出すことにも熱心に取り組みます
其の最たる物はホールの改修でしょう
理事会などに働きかけ、自ら建築家等と議論し、セヴァランスホールを最高の音響施設に仕立てあげた結果、其所を最高級の録音スタジオの域にまで引き上げます
彼は非常に厳しい人でしたが、同時に気配りを忘れない人でもありました
クリーブランド管の元楽団員がこんな言葉を残しています
「セルはハートを持っているが、いつもはそれを隠しているのです」

クリーヴランドオーケストラは彼自らが慈しみ、一から育て上げた彼の楽器であり、セヴァランスホールはその最高にして最強の共鳴板なのです

だからやはり彼等は「芸術」なんですねぇ
哀しいことに

彼の死と共に「芸術」の季節は去ってしまい、其れは「時の遺産」となってしまいました

無論、此処まで書いたことを、件のシベ2を聴いた時点で「知って」いた訳ではありません
色んな文献や、多くは無いものの決して少なからぬファンが書いた記事や、色んな情報をずっと気長に収集して来ましたから、なんとか此処まで遡れたんですけどね

時代の趨勢でレコードがCDに取って代わるようになりました
CDの利便性は素晴らしいです
レコードの様に劣化もしなければ、振動で針が飛んだりもしません
第一どんなに長い曲で有ろうと1曲聴くのに、いちいちレコードの盤面をひっくり返す等、中断しなくても良いですしね
しかし、私は長い間CDでクラシック、特にセルの音を聴くのを非常に嫌っていました
アナログレコードの其れに比べると明らかに音の奥行きが「浅い」かったのです
歯に衣着せぬ言い方をするなら「ぺらっぺら」なんですね
浅い水盤に張った水のように「深み」がないのですよ
此では興醒め処の騒ぎではありません
かと云って、レコードを架けるには色々と条件が厳しすぎました
兎に角、私自身が忙し過ぎたのですね
音楽をゆったり聴く余裕も時間も無くなってしまっていたのです
可成り長い間クラシックから遠ざかっていたのには、こんな事情もありました
で、例のラフ2事件(「取り敢えず復活 Bolero(ボレロ)編 」 参照)がやって来るのですよ
youtubeを漁ったら、廃盤になった後CD化されていなかった例のシベ2音源が有るじゃないですかぁ~~~~~!!!
うわああああああああ、一体何年振りだ??? この音を聞くのは!!!
もうぅね 目から鼻水ダダ漏れです  TT

「廃盤になった後CD化されていなかった例のシベ2音源」

然も動画まである!
動いている「セル・師」の姿をその時初めて見ましたよ、私は!
声だけは、インタビュー録音が入った非売品CDを持っていたので、一度ならず耳にしていたのですが、、、
動画はね、もううぅね (号泣)
然も其のCD、当時私はCDプレーヤーを”持っていません”でしたから、実際に聴いたのは一体何年後? 
な感じな上、録音状態が可成り悪くて正直ナニを話しているのか聞き取れません ^^;
只でさえ英語はorz、なのに、、、
解説書に付いて居た対訳も「聞き取り不能」になっている始末だし、、、orz
もう、完全に「雰囲気を味わう」だけでしたよ
其れでも満足していましたから、まぁ、本当に良い時代と言うか、有り難い時代になった物です
然も、私が「絶版でCD化されていない」と思いこんでいた件のシベ2はちゃっかりCDになっていました~!と言う事実、、、、、、orz

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<シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 作品43>

然も可成り以前に入手した物の全く聴いていなかった万博ライヴ音源がシベ2だったと言う事実、、、、、、orz×二十乗

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<ライヴ・イン・東京 1970>

やっぱり興味のある物事に関する情報収集を怠ってはいけませんねぇ
激しく反省した「真夏の夜の夢」で御座いました

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コメント

此方こそ承認いただきまして有難う御座いました ^^

ブログ紹介下さり有難う御座います
私と同じ様に「新世界より」に感銘を受けた方がいらっしゃるのを拝見して、何だか嬉しくなりました
私自身の好みには一寸変わっているかも知れません
只、セル/クリーブランド管のドヴォルザーク7.8.9番は定評もありますし、特に最晩年の8番(EMI版)は歴史に残る名演だと思います

此からもどうぞ末永く宜しくお願い申し上げます

投稿: LIN | 2012年9月10日 (月) 04時45分

LIN様、お友達になってくださってありがとう。
私はLIN様ほどクラシック音楽に詳しくありませんが、宜しくお願い致します。
この機会に、LIN様のつぶやきやブログをもう一度拝読し直しました。
そしてセルへ賛辞を読み、同様の我が友人のブログを、ご紹介させていただきます。
http://egg2006.blog.so-net.ne.jp/archive/c35375454-1
私自身はまだ聞いたことないのですが、LIN様の記事を参考にセルの音を入手しましょう。

投稿: anan | 2012年9月 9日 (日) 12時18分

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