Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 25

<カーとノイマン>

 
「スティアガード、騎士(ナイト)に叙せらるるの巻」2

思案に暮れるノイマンに、臨時のContraBass次席奏者は人懐こい微笑を浮かべて問い掛けた。
「私に1つ提案があるのですが、聞いて頂けますか?  "先生" 」
「何だろう。 希代の名ソリスト君。」
「此は、そもそも私では無くアラウの思い付きなのですけれどね。」
と、カーは前置きをして続ける。
「スティアガードを実際に騎士(ナイト)として、女性陣の警護に任じてしまう。
と言うのはどうでしょうか。」
「ほう?」
「彼は元々、あの野生馬の様なSayのお守り役を文句1つ言う事無く、実に辛抱強く、そしてたった独りで今まで完璧に果たして来ています。
それも彼女がSinfonia(シンフォニア)に入団して来て以来、そう、其れこそ試験入団の時から今に到るまでずっとですからね。
否、あれは正直な所、並大抵の忍耐力と精神では、とてもじゃないが務め切れない大役。
と言うか、既に貧乏籤と呼んでも差し支えない域(レベル)の役割ですよ!」
ノイマンは、向こう気も我も強い自分の教え子でもある女性ベーシストが、必死になって反論するであろう様を思い描き、思わず苦笑する。
「彼なら、女性達の騎士(ナイト)と言う立ち位置は、打って付けの役割だと思うのですが、どうですか?」
「成程、騎士(ナイト)役か。
そうだな、やってみる価値はありそうだ。
只、問題は "其れ" を誰が彼に委託するのか--と言う事だね。」
「立場的には、裕さん(PartReader)でしょうか。」
「そうだな、、、。
女性として、と言う大義名分が立つし、格好の理由付けにもなる。
だが、彼女1人では何と言うか、 動機と根拠が弱い。」
「では、"セット" では、如何です?」
「Sinfonia(シンフォニア)三羽烏か-。」
「ええ。」
「其れは強力だな。 最強にして最高の布陣だろう。
例え、万一其れが理不尽な要求だったとしても、だ。
此のSinfonia(シンフォニア)に、彼女達の要望を断ったり、異を唱えたり出来る勇気ある男性は居るまい。」
文字通りの苦笑を浮かべて、ノイマンは肩を竦めてみせる。
「では、決まりですね。」
カーが何処か愉しげに応じると言った。
「其の話を "先生" から、3人と、肝心の騎士本人にもして頂けませんか?」
「そうだな。 私からの方が良かろう。
あの3人には元々が "先生" で有ったのだし、、、。
そう、君とは違ってね。」
ノイマンはそう答えると、陽気な紳士に片目を瞑ってみせる。
「然も、ごく短期間では有ったがスティアガードにとっても "先生" で有った時期もあるからな。」
「宜しくお願いしますよ、 "先生" 。」
「了解した。 任せ給え、希代の名ソリスト君。」
「其れでは、私は此の経緯(はなし)を仲間達(ContraBassPart)に伝えて来るとしましょう。」
其所で、カーは少し口調を改めると言った。
「しかし、ティア1人では些か荷が重いと思われます。
誰か一緒の方が良くは無いですか?」
「そうだな、、、。
安全面から考えても2人1組の方が良かろうな。
本当はアラウが適任だと思うのだが、彼に其の役割を任せてしまうと、身内(ContraBassPart)だけの独断専行と見なされてしまう可能性がある。
其れを避ける為にも、今回アラウには騎士(ナイト)では無く、騎士(スティアガード)本人をサポートする側に回って貰おう。」
「ああ、其れは其の方が良いですね。
成るべくSinfonia(オーケストラ)全体の話にしたい所ですから。
其れでは、任命する側の三羽烏に其の人選を任せる、と言うのは如何ですか?」
「其れも考えたのだが、いきなり誰かもう1人選べ、と言われても彼女達も困るだろう。
万一何かあった場合に、任命の責任を取らされる様な事にでも成れば、本末転倒という物だ。」
「其れは、其の通りですね。」
「そうだな。
矢張り私が予め誰かを指名し、推して置いた方が良いと思う。」
そう応えるとノイマンは暫く黙って考え込んで居たが独り頷くと、とあるパートの首席奏者の名を挙げる。
「え? 彼、ですか?」
其の名を耳にしたカーは、驚きを隠しきれない様子で尋ね返した。
「彼、何かティアとの接点が有りましたっけ、、、。」
「無いと思うよ。」
ノイマンはあっさりと答える。
「接点処か、今は彼に対し何かと秘めた反感を覚えて居る可能性が高い。」
「では、何故、敢えて彼を?」
「1つには、彼が本物のフェミニストで有り、立派な紳士であるからだ。
2つには、其れ故女性からの、特に身内(Part)からの絶対的な信頼を得ており、最も多くの女性楽団員を抱えるViolin族の中堅リーダーだからだ。
3つ目には、 だからこそ、彼にはそう言う感情的な障壁を乗り越えて欲しい、と、他ならぬ此の私が切望するからだよ。」
「しかし、 今の状況下で其れは些かハードルが高くは有りませんか?」
「どうしてだね?
今の状況下で此の課題を片付けずして、一体何時此等の問題を片付ける機会が有るというのだろう。
大丈夫だよ、カー。
彼は、2ndViolin首席奏者のシャリフは、生粋のアラブ人では有るが、私と同じく筋金入りの無神論者でも有る位だ。
きっと感情を理性で克服してくれる事だろう。」
カーは、ノイマンに気付かれない様、そっと小さな溜息を付いて思う。
(先生(此の人)は、時として理に走り過ぎるきらいが有る。
そう上手く事が運べば良いのだがな、、、。)
現実には、カーが予測した心配通り、ノイマンの思いは具体的な解決(かたち)を持つまでには、長い時間を要する事となった。
しかも、文字通り紆余曲折を経て、艱難汝を珠にす-と言う古い諺を体現する事になる。
だが、今はそう予想したカーは無論の事、言い出したノイマン自身ですら、あそこまでの事に成ろうとは夢にも思い至らなかったのである。
結果的にノイマンの取った方策と人選は、最良にして最高の結果をもたらす事には成ったのだが、此の後辿った道程を此の時点で或る程度知る事が出来たなら、彼等は恐らく其の人選を再考していたであろう。
或いはもっと別の手段を講じて居たかも知れない。
しかし、結局此の後 "先生" に此等の提案を持ち掛けられた3人の任命者と、2人の警護者は、2時間と経たぬ内に「女王」と「騎士」になったのだった。

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 24

<カーとノイマン> 

「スティアガード、騎士(ナイト)に叙せらるるの巻」1

話は、アシスタントコンダクターとマネージャー達の会話より半日ほど遡る。
ContraBassのノイマンは、舞台上の細々とした備品を片付けて居た。
「先生。」
呼び掛けられて彼は、作業の手を止め振り返る。
「君か。」
声を掛けて来たのは、今回臨時でContraBass次席奏者として首席奏者(パートリーダー)の裕紀をサポートして居る、カーであった。
「否、私は君の "講師(先生)" をした覚えは無いのだがね。」
「では、今からでも遅くはありません。」
カーは人懐こい笑顔でノイマンに返す。
「何か御教授下さい。  "先生" 」
「私が君に教えられる様な事など、何も無いじゃないか。 希代の名ソリスト君。」
彼はそう言って笑うと、作業を再開しながら問う。
「何かあったのかい?」
「あった--と言う程の事でも無いのですが、、、。」
陽気な紳士は、少し顔を曇らせて答える。
「手伝いましょう。」
「有難う。」
ノイマンは謝辞を述べると続けた。
「古来より "大事は小事より起こる" と言う諺がある位だ。
些細な事でも気になる事があるのなら、皆(PartMembers)に話し、情報を共有して置いた方が良かろう。
で、君の心労の原因は、例のじゃじゃ馬娘(Say)の事かな?」
「否、彼女(Say)であるのなら、寧ろ事は単純で済みます。
何しろ貴方が一言云って下されば、彼女は速攻で大人しくなりますからね。」
カーはそう答えると、大袈裟に肩を竦めてみせる。
「一体、学校(音楽院)で彼女にどんな講義や補習をしたのです?  "先生" 。」
ノイマンは苦笑すると、身振りでカーに先を続ける様促した。
「実は、ティアの事なのです。」
「スティアガード?」
「ええ。」
そう応じると、陽気なベーシストは彼らしくない重い溜息を付いた。
「彼の素姓や来歴は、余り詳しく楽団全体へは説明されて居ませんが、其れでも彼が元々職業軍人(玄人)だったと言う事は皆知って居ます。」
「だからと言って、今の彼を非難したり糾弾したりする者は居ないと思うが?」
「確かに、其の通りです。」
臨時のContraBass次席奏者は、作業の手元を見ながら静かに続ける。
「ですが、私達ContraBass Partを始め、各首席奏者や1部の楽団員達には彼が単なる元職業軍人(玄人)と言うだけでは無く外人部隊の、其れも或る程度の人数を束ねる隊長の職に付いて居た、と言う事が知らされて居ます。
どうも今回は、其の事実。
つまり、外人部隊と言う、或る意味玄人中の玄人で有っただけで無く、責任有る立場に居た--と言う事実が、少なからず良くない影響を及ぼして居る様に見受けられるのですよ。」
「と、言う事は、、、。
誰か本来は彼を擁護しなければならない立場の者が、其の責務を果たして居ない。
と、そう言う事かね。」
「誰とは言いませんが、 そう言わざるを得ないのでは無いかと思って居ます。」
「成程ね。」
「彼自身、ああ言った経歴が有るからこそ、あれだけの実力と才能を持ち、マスターからの信頼を得て居るにも関わらず、常に其の行動と発言を極端にまで控えて来て居るのですけれどね。
其れは或る意味自衛でもあったのでしょうが、彼が自らに課した枷でもありますから。」
「経歴(そこ)は気にする必要は無い--と、私も何度か忠告した事があるのだがな。」
ノイマンも思案気に応じる。
「君が言う様に、自衛と言う意味合いも有るのだろうと判断して、それ以上強くは言って来なかったのだが、、、。
其れが、此処に来て一気に裏目に出て来て居るらしい、と言う事か。」
「ええ。」
カーは、作業の手を休める事無く静かに相槌を打った。
「今、こう言った、文字通りの非常事態に置かれて居る今だからこそ、彼のそう言った玄人ならではの視点と、其の豊富な経験を基にした行動予測は、私達オーケストラにとって本当に貴重な物だと思うのです。
彼自身も強くそう感じたに違いありません。
そうで無ければ、自ら手伝いを名乗り出る様な事はしないでしょう。
しかも、彼がそうして自ら名乗り出ると言う事其の物が、今回私達がいかに厳しい立場に置かれて居るかを如実に物語って居るとも思うのですよ。
其の行動が、反発や不信を招きかねないと判って居ながら、敢えて先に立って行動してくれて居る。
こう言う気持ちは、もっと大事にすべきだと思うのですけれどね。」
「ふむ。 正に其の通りなのだが、其所は少し厄介な事になるかも知れないな。
何故なら、其の反感や不信は理屈では無く、感情から来ている物だからね。
対応を誤ると、一気に感情論に発展しかねない。」
「其所なんですよ。」
普段陽気な紳士は、再び彼らしくない重くて大きな溜息を付いた。
「理屈では無く感情で来られると、彼自身は無論の事、私達ですら対処に窮する事になります。
しかも、彼自身が実際に其の類の "負の軋轢" を感じてしまった場合、状況と相手によっては何時かの様に自らの身を捨てかねませんし、、、。」
「スティアガードがSinfonia(シンフォニア)に来て8年。
今のポジションに落ち着いて7年が経つか--。
其の間、彼が何を行い、発言して来たか。
どう言った仕事振りを見せてくれて来たか。
其れについては、敢えて声高に説明するまでも無く皆知って居るだろうし、判って居る事でもある。
勿論、彼が国際的に、前職を含めてどの様な評価を得、何を体験し、行動して来たかを詳細に説明する事も可能だ。
私には其れが出来るだけの知識と後盾もある。」
「確かに、国連の下部組織とは言え、人権問題の国際機関に席を置き、各国の音楽院で客演講師を努めて居る貴方の話や言葉に対して、其の信憑性や客観性に異論を唱えられる様な者は、少なくともSinfonia(シンフォニア)には居ません。
事実、あの時彼を側面から支え、救出を成功に導いたのはそう言った "権限(ちから)" でしたからね。」
「だが、得てしてこう言った場合の "其れ" は余り意味を成さない。
寧ろ反感を買ってしまう事が多いのも、又事実だ。」
「其の通りです。」
「さて、一体どうした物かな。」

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 23

<2人のアシスタントコンダクターとマネージャー>

リッカルドから一通りの説明を受けたマネージャーは、穏やかに口を開く。
「大凡の流れと経緯は判った。
だが、実は当面の問題は全く別の処にあるんだ。」
「別の処?」
「ああ。 只、"其れ" については後程話そう、リッカルド。
と、言うのも 其方はあらかた解決の目処が付いて居るからな。」
そう答えるとアイフルは軽い溜息を付いた。
「さて、 その、何と言うか、、、。
ああした、マスターの困ったクセなのだが。
あの人は、基本的に人に相談を持ちかけない。
常に独りで考え、状況を分析し、判断して結論を出してしまう。
其の結果、どうしても独断専行してしまう事になりがちだ。」
彼はいかにも困った人だと言う仕草で首を横に振る。
「若い頃から、事ある毎に注意して来ては居るのだがな。
一向に改まらない。
否、改めようとする気配すら無い。
今回の一連の発言や行動も、そうした彼の悪癖の1つと言わざるを得まい。
今までの場合、大概は其の行き着く先が、最終的に誤っては居なかったのが却って災いして居る様だ。
だが、、、。」
と、銀髪のマネージャーは落ち着いた口調で冷静に指摘する。
「今回に限って言えば、余りに未知の条件や不確定要素が多過ぎる。
今までとは違い、マスターの判断、分析が必ずしもSinfonia(シンフォニア)の行動を正確に予測して居るとは限らない。
否、最早 誰にも、そう、当のSinfonia(オーケストラ)本人達ですら予測が付かないだろう。
そして正に其所が問題なのだ。」
「其の通りです。」
リッカルドが頷きながら同意を示すのへ、遣り手のマネージャーは穏やかに断言する。
「ならば、私達(こちら)の望む様にSinfonia(オーケストラ)の方向性を持って行くしかあるまい?」
メータが少し驚いた様な口調で応える。
「成程。
予め着地点を幾つか用意しておき、其所へSinfonia(オーケストラ)を軟着陸させる訳ですね。」
「其の通りだ。 誘導する-と言った方が正しいかな?」
リッカルドは其の言葉に大きく頷くと言った。
アイフルから見て、Sinfonia(シンフォニア)はマスターの不帰還を知った時、どう動くと思われますか?」
「前提条件と現状認識を一切排除するのなら、、、
つまりは、出立時の条件で、と言うのであれば、だが。 
レムの予測が最も正鵠を得て居る、と判断せざるを得まい。」
銀髪のマネージャーは、片手で髪を掻き上げながら応える。
此は、彼が色々と思索を巡らして居る時の癖であるのをリッカルドは知って居た。
「但し、状況は刻々と変化する。
私達は常に其れを、冷静且つ正確に捉えなければならない。
其の時と場合に応じて柔軟に方策を変更し、手段を改良して行く必要がある。
だが、最終的な方向性だけは最初から定めておくべきだろう。」
そう言うと、アイフルは静かに言った。
「望ましい方向性--。
其れは、彼(マスター)が還って来るか否かに関わらず、Sinfonia(シンフォニア)が揃って此処を出、無事に帰還を果たす事だ。」
彼は、落ち着いた口調で穏やかに続ける。
「其の為には、色々と "条件" が必要となる。
先ずは、脱出の指揮を誰が取るか、と言う事だ。」
「其れは、私達の内からは難しい、、、と言うより、不可能に近くは有りませんか?」
メータが困惑気味に指摘する。
「外部からの手引きと支援が得られない限り、私達が揃って此処を出る事は出来ません。」
「其の通りだよ。」
アイフルは頷くと、若いサブ・アシスタントコンダクターに答える。
「だからこそ、其の "部外者" を信じ、 "彼" の指示に従って速やかに脱出する為には、此方側にも強力な "頭(引率者)" が必要となる。」
「マスターがいらっしゃれば、当然マスター御自身が其の役割を果たされるのでしょうが、、、。」
「そうだ、リッカルド。
彼が居ない場合が問題なのであり、現状からすると結果はどうあれ、不在で有る可能性が高い。
其の時、一体誰がSinfonia(シンフォニア)を代表して其の部外者と折衝し、彼等を率いて行くのか---、 と言う事なのだよ。」
「其の役割はマスターを除外するならば、私やリッカルド(アシスタントコンダクター)では無く、楽団員の内の誰かの方が無難ですね。」
「人選の方向性としては其の方が反発を招く事も無く、より確実に脱出を成功させ得るだろう。
私個人としては、Sinfonia(シンフォニア)理事会のメンバー達が最も相応しいと思って居るのだが、実際にそうした状況に直面した際、彼等が何を想い、どう動いてくれるかは未知数と言わざるを得ない。」
銀髪のマネージャーはそう言うと思案顔で続ける。
「ContraBassのシュトライヒャー、彼は今の段階でも既に動き始めてくれて居る。
其れと、チェロのピエール、ヴァイオリンのスターン辺りは、特段説明をしなくとも協力してくれるだろう。
ホルンのエルネストも恐らく、黙っていても力になってくれるはずだ。
彼等は元々状況を的確に判断する力や分析能力に長けて居るからな。
問題は、ヴァンガードだ。
先日君が指摘して居た様にね、メータ。」
と、アイフルはフルートの首席奏者にして、Sinfonia(シンフォニア)最古参の1人でもある楽団理事長の名を上げる。
「彼の指導力と影響力は並外れて強い。 人望も有る。
だが、其の反面 頑固で可成りの理屈屋だ。
彼の協力が必要不可欠な事には間違いが無いのだが、其れを得るには矢張り相当慎重にアプローチする必要がある、と言わざるを得まい。」
「何れにしても、私達(アシスタントコンダクター)が居なくとも、Sinfonia(オーケストラ)が1つに纏まって、脱出、帰還と言う方向へ向 かえる様な "お膳立て" が必要、と言う事ですね。」
「其の通りだよ、リッカルド。
だからこそ、君達は今回Sinfonia(シンフォニア)を1つに纏める為にも、裏方に徹して欲しいんだ。」
「判りました。
元より裏方なのは私達の基本的な立ち位置です。
只、3桁近い人間が1つに纏まって動くには脱出、帰還と言う "お題目" だけでは足りない気がします。
何かもっと強力な "依り代(よりしろ)" が必要なのでは無いでしょうか。」
「其れは、Sinfonia(シンフォニア)にとっても、君達、否、私達マネージャーを含めて "1つ" しかあるまい?」
アイフルは、苦笑とも受け取れる微妙な微笑みを浮かべて断じる。
「但し、何度も言うが問題は "其の不在" なのだ。
近々確実に訪れるであろう其の状況をどう乗り越えて行くかは、正に君達の言動如何だろう。」
「そうですね。 其の通りです。」
リッカルドは頷きながら静かに答える。
「いずれにせよ、マスター不在の下で此処を離れざるを得ないと言う覚悟を、少なくとも私達、アシスタントコンダクターは今からしておく必要がある、と言う事ですね。
其の生死に関わらず。」
銀髪の紳士は厳しい顔付きで頷き、賛同を示しながら言う。
「そうなるな。 残念ながらね。」
「具体的な手法や手段は兎も角、方向性は見えました。
有難う御座います」
「否、事は余りにも重大で有り深刻だ。
然も常に新しい事態に即した状況判断と決断を迫られる過酷な役目でもある。
呉々も君達2人だけで抱え込まない様にしてくれよ。
1人や2人の力や能力だけで、どうにかなる類の話では無いのだからね。
私もSinfonia(オーケストラ)や主要メンバー達の様子や動向を見ながらおいおい "仲間" を増やして行くつもりで居る。」
「了解しました。  有難う御座います。」
リッカルドは再び丁寧に礼を述べるとアイフルに問う。
「其れで、 当面の問題とは何でしょう。
何かありましたか?」
「ヴァンガードだよ。 
今さっき話題になったばかりの理屈屋理事長さ。
否、正確には彼自身と言うより、彼を信頼し諸々の相談事を持ち掛けて居る管楽器族のメンバー達、と言う方が正しいのだろうがね。」
そう言うと、遣り手のマネージャーは小さく溜息を付く。
「早速、一寸した問題を起こしかけて居る。」
「問題?」
「ContraBassのスティアガードが信頼出来ない--、と言って居るらしい。」
リッカルドは軽く眉を顰める。
「其れは、、、 
彼が此処(Sinfonia・シンフォニア)に来る前、軍籍に居たから、と言う事ですか?」
「ああ。」
「其れなら、、。」
「否、メータ。」
アイフルは即座に応じかける若いサブ・アシスタントコンダクターをやや厳しい声で宥めると言った。
「君の事は今現在、話には出て来て居ない。」
「しかし、、、。」
尚もまだ何か言いたげなメータを、リッカルドは穏やかに眼で諫めると、アイフルに尋ねる。
「何故、又、今のタイミングで彼が?」
「どうやら、単に軍籍に居たと言う事が問題なのでは無く、彼の場合、外人部隊の長を務めていた、と言う事が問題(ネック)らしいな。」
「つまりは、こう言う事ですか。
玄人(プロ)中の玄人(プロ)でもある筈の職業軍人だった者が近い所に、よりにもよって身内に居た--と、そう言いたい訳ですね。」
「その様だ。 リッカルド。 
実に情けない話ではあるのだがね。」
そう答えると彼は小さな溜息を付いて言った。
「否、勿論表立って本人やContraBass首席奏者(パートリーダー)にそういった者は居ない。
当たり前だ。
今まで彼がSinfonia(シンフォニア)で取って来た態度や言動を見知っている者ならば、例え仮に彼が再び軍服を着る様な事になったとしても、其の内面まではとても否定出来はしまい。」
銀髪の遣り手マネージャーは其所で再び小さな溜息を付く。
「だが、頭で解って居る事と、心で感じる事とは全く別物なのだよ。」
「厄介ですね。」
リッカルドが深刻な表情で答える。
「只、幸いな事に "其の話" を真っ先に聞き付けたのが、他ならぬContraBassPartのアラウだった。
彼は "其の話" を同僚のカーに話し、相談を持ち掛けた。
そして2人は、とあるなかなか興味深い解決策を考え付いたんだ。
彼等は其の素敵な、と言うか、或る意味非常にユニークな方法を携えて、同僚でもあり "先生" でもあるノイマンの元を訪れた。」
其所で彼は軽く肩を竦めてみせた。
「彼等は、仲間内(ContraBassPart)だけで其の当面の火種を消す良案を思い付いたばかりか、今後に向けて結構な仕掛けをも用意してくれた ---と言う訳だ。」
「何ですか? 其れは、、、。」
メータは、アイフルの口調と仕草に苦笑を浮かべたが、好奇心を抑え切れないと言った風情で彼に問う。
「何れは、君も就任する必要が出て来るかも知れないね、 メータ。」
と、銀髪のマネージャーは冗談めかして答えると、些か愉快そうに笑って応じた。
「スティアガードは、騎士(ナイト)に叙せられる事に成ったんだよ。
3羽烏(Queen's)の任命の下にね。」

Sinfonia・シンフォニア<第2楽章> 22

<リッカルドとメータ>

メータは其の夜、可成り遅い時刻に地下階の大部屋へと、独り帰って来た兄弟子の様が気になって居た。
普段より彼、リッカルドは、口数が少なくお世辞にも陽気なタイプの人間とは言えないのだが、今の彼には妙に暗い影を感じさせる何かがあり、其れが メータを戸惑わせて居たのだ。
暫く思案して居たが、彼は意を決すると、黙ったままなにやら考え込んで居る風のアシスタントコンダクターへ声を掛けた。
「リッカルド。」
小さくはあったが、酷く心配気な口調で呼び掛けられたリッカルドは、些か驚きながら振り返る。
「どうした、メータ。」
「何かありましたか?」
「え?」
そう問い返しつつも、人一倍感受性が強く、同時に並外れた観察眼と洞察力を有している、サブ・アシスタントコンダクターの眼からは逃れられないと感じた彼は、小さな溜息を付きながら苦笑を浮かべる。
そして、そっと辺りを見渡すと小声で応じた。
「此処では不味い。 一旦外に出よう。」
2人は寝静まる大半の楽団員達を起こさぬ様、気を配りながら部屋を出、音を立てぬ様気を使いながら扉を閉める。
「控室に行くか--。」
独白の様に呟くと、リッカルドはメータの先に立って歩き出した。
程なくして、指揮者控室として指定されて居る小部屋へ到着すると、彼は扉を開け灯りを付ける。
黙って其の後に付いて部屋に入ったメータは、細心の注意を払いながら其の扉を閉めた。
「先程、、、。」
其の様子を確認したリッカルドは、静かな口調で話し始める。
「マスターに会い、例のレムから直接受けた "警告" の話をして来た。」
メータは黙ったまま頷く。
「丁度、例の大佐が不在だったのでね。 
良い機会だと思ったんだ。」
「御返事は?」
リッカルドは苦笑しながらも、端的に答えた。
「判って居る、、と。」
「そうでしょうね。」
メータも苦笑を返しながら静かに同意する。
「只、レムがそう指摘して居た事には、少々驚かれた様子ではあったがね。」
リッカルドは、落ち着いた口調で静かに続けた。
「自身は死をも辞さぬ覚悟でSinfonia(シンフォニア)の団員達を1人でも多く還す為に此処に居るのだ-、と。
何れ、彼等(軍部)が自分を連行し、そして恐らくは再び還っては来られないで有ろう事も充分承知している-、と。」
其所で一旦言葉を切ると、リッカルドは顔を上げメータを見て言う。
「後は任せる、、と、 そう言われた。」
「其れは-、 余り歓迎すべき御返答(おはなし)では有りませんね。」
「ああ。」
「Sinfonia(シンフォニア)は良くも悪くも、マスター個人に依存して居る部分が未だ多くあります。
マスターが戻られない、と言う状況に陥り其れが周知された時の反応は、私達では到底予測が付きません。」
「そうなんだ。」
リッカルドはそう答えると深い溜息を付く。
「私も、そう申し上げた。」
「お返事は?」
「Sinfonia(彼等)を信頼して居る、と。」
其の言葉に、メータは厳しい顔付きで黙り込んだ。
「私に、彼等を連れ還る様、託された。」
リッカルドは、淡々と言葉を継ぐ。
「君の事を頼む-、ともね。」
「私の事など!」
メータは即座に応えたが、其の口調には珍しく微かな苛立ちが混じって居た。
「マスター御自身がそう決められたのだ。」
リッカルドは静かに言う。
「今更、私達が何を言おうと、最早聞き届けては下さるまい。
ならば、今、採れる善後策を講じる他有るまい。」
「其の通りです。」
メータはリッカルドの言葉に応えると言った。
「しかし、私達2人では手が足りません。
アイフルを呼んで来ますので、此処で暫く待って居て下さい。」
サブ・アシスタントコンダクターは、そう言い置くとそっと部屋を出て行った。
後に残ったリッカルドは、机上の総譜(スコア)をぼんやりと見つめながら独り物思いに沈んで居たが、軽く頭を振ると総譜(スコア)を片付け、部屋の隅から椅子を持ち出し机の周りに並べる。
"還る" 其の一言が、今程重く遠く感じられた事は無かった。
彼は小さな溜息を付くと、椅子に腰を下ろし2人を待つ事にした。

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 21

<師(セル)とリッカルド>

Conducterに割り当てられた部屋に珍しく壮年将校の姿は無かった。
リッカルドは此の機会にどうしても師(セル)に伝えておきたい事柄があった。
慎重に外の気配を窺い誰も居ない事を確認すると、彼はそっと扉を閉め師に声を掛ける。
「マスター。」
やや躊躇いがちなアシスタントコンダクターの声に、彼は総譜(スコア)をチェックして居た手を休め振り返る。
「何かね。」
「少しお話ししたい事が有ります。 
宜しいでしょうか。」
師は、軽く方眉を上げて応じる。
「出立前に、私はレムから直接忠告を受け取って居ます。」
彼は黙ったまま話を続ける様、アシスタントコンダクターを促した。
「彼(レム)は、マスター御自身が死をも辞さない覚悟で今回の演奏旅行(ツアー)に臨まれて居る、と。
オーケストラの為ならば、御自身を犠牲にしてでも守り切るつもりで居る筈だ、と私に告げました。
其のお気持ちは判りますが、今のSinfonia(シンフォニア)では貴方を失う訳には参りません。
どうか私達の、否、Sinfonia(オーケストラ)の為にも自重して下さい。
今、貴方を失えば、レムの言う様に、何れ彼等(オーケストラ)は自滅してしまいます。
其れは、皆の望む処ではありません。」
リッカルドの言葉を黙って聞いて居たセルは、静かに口を開く。
「そうか--。 
彼(レム)は、そんな事を言って居たか-。」
そう答えると、暫く手元の総譜(スコア)に視線を落として居たが、やがて顔を上げ心配気なアシスタントコンダクターを見上げると話し始めた。
「しかし、私は行かねばなるまい。」
其の言葉には静かな決意が滲み出ていた。
「彼等は必ず契約書と言う具体的な物(書面)で、私達を縛ろうとするだろう。
其の為には "私の署名" が必要不可欠だと彼等は信じて居る。」
「ええ。 其れは良く判っております。 
しかし、、、。」
「リッカルド。」
師(セル)は穏やかに遮ると、アシスタントコンダクターの名を呼ぶ。
「レムの言う通り、 
そう、彼が懸念して居る様に、私は私自身の死をも覚悟して居る。
其れは、確かにSinfonia(彼等)にとって高い代償と成り得るのかも知れない。」
彼はそう答えると静かに続けた。
「だが、私は一方で君達が思う以上に、君達とSinfonia(オーケストラ)の信頼関係に期待して居る。
そして何よりSinfonia(シンフォニア)の自主性と団結力を信じて居る。
万一の事態に君達が心配する様な結果を招くとは、必ずしも限らない。」
セルはSinfonia(シンフォニア)を様々な意味に於いて尤も良く知る、否、知り尽くして居ると言っても決して過言では無い、唯一の人物でもある。
しかし、本来オーケストラと言う物は、実に気紛れで予想の付かない "生き物" でもある。
3桁近い人間の意志の総合体として彼等を捉えた場合、其の意志の方向性や思考は容易に推し量れる様な物では無かった。
其の事を、永年オーケストラと共に歩んで来た彼(セル)が知らない、否、判らない筈は無い。
リッカルドは其の静かな口調の内に、師(セル)の強い意志を感じて居た。
元より、平素から下した結論や指示、行動には、強固で緻密な思考が裏付けされて居るConducterの事である。
厳しい現実を前にしたからと言って、翻る様な物では無い事は、永年傍らで助手(アシスタントコンダクター)を努めて来たリッカルドにも良く判って居た。
長い沈黙の後、セルは言う。
「後は、彼等(オーケストラ)次第だ。
君にとって、此からは辛い時期となろう。
だが、現実とは常にそうした物だ。
最悪の事態を忘れぬ様、意識の片隅に置いて物事に当たる方が良い。
今は、私達の生命にまで手を出せなくとも、此の先どうなって行くのかは全く予測が付かないのだから。」
彼は一旦言葉を切ると続ける。
「政情や、或いは彼等(革命軍)自身の事情によっては、今後生命の保障すらどうなるのか判らない、と言うのが現実だろう。
私の処刑だとて、、、。」
と、彼(セル)はまるで他人事の様にあっさりと言ってのけた。
「充分有り得る話だ。」
師(セル)は、再びリッカルドを見上げると冷静に言葉を継ぐ。
「否、先ず執行される-、と考えて置いた方が無難だろう。
其の事は、君自身も今から覚悟して置いた方が良い。」
そして、穏やかに付け加える。
「其の時は、君がSinfonia(彼等)を纏めて、故郷へ連れ還る事に成るのだからね。」
「マスター、、、。」
「呉々も云っておくが-。」
と、師(彼)は厳しい声で続けた。
「私に万一の事が有っても、敵(かたき)を取ろう等と言う愚かな真似だけは、させてはいけない。
君自身も含めてね。
唯一にして最終的な目標は "還る事" なのだ。 
其れを忘れてはいけない。
私は、其の為に彼等の元に行くのだから。」
「はい。」
「エルスライン・ユーディンは、侮れない。」
Conducterは、アシスタントコンダクターから眼を反らすと半分独白の様に言う。
「彼は、非常に頭の切れる有能で冷徹な軍人だ。
独裁者としては、尤も厄介なタイプの男だろう。
まして、其の彼をサポート(参謀)して居る副将があの様な軍人ではな。
対応を1つ誤っただけで、全ての結果を覆されかね無い危険性がある。
本来は、私達の様な素人が相手をして適う様な相手では無いのだろう。」
そう言うと、彼は軽く溜息を付いた。
「私が行った処で、正直な話、何処まで状況を改善出来るのか、非常に心許ないと言わざるを得まい。
否、恐らく少しばかりの時間を稼ぐのが関の山だろうな。」
そう言うと、彼は再びアシスタントコンダクターを振り返り、穏やか続ける。
「だが、こう云う時にこそ、可能な限り、有効と思われる手段を試しておく事には価値(意味)がある。
結果的に何が功を奏するのかは判らないのだからね。」
「ええ。」
再び訪れた沈黙の後で、Conducterは静かに口を開いた。
「リッカルド。」
「はい。」
「Sinfonia(シンフォニア)を、メータを、 
そして裕紀の事を頼む。
今は君にしか託せない。
指導者として、大変申し訳ないとは思うが、呉々も彼等を宜しく頼む。」
「マスター。」
リッカルドは返す言葉に詰まったが、1つ重い息を吐くとやや強い口調で師に応える。
「判りました。 
全力を尽くします。
しかし、どうか御自身の生還を諦められません様に。
私達は、最後の最期の瞬間までマスターをお待ちしております。」
Conducterは、静かに笑うと穏やかに答えた。
「有難う。 充分心しよう。」

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 20

<Conducterとマネージャー そして、サブアシスタント・コンダクター>

若い従兵に連れられて部屋を訪れたやり手のマネージャーは、例によってConducterとの短い遣り取りだけで全てを把握した様であった。
彼は必要事項と思われる2-3の詳細を確認すると静かに応える。
「了解致しました。
取り急ぎ、私から簡単に現状と今後の展開予想を全パートリーダーに説明しておきます。
其の上で、練習時に改めてオーケストラ(皆)へは、マスターの方から直接御説明をお願い致します。
尤も、交代制を採る、と言うのであれば何回かに分けて話す事に成るとは思いますが。」「其れはやむを得まい。」
セルは穏やかに答えると言った。
「私も今から指揮者控室に移動する積もりだ。
何時もの打ち合わせメンバーと、今回は管と弦の主任クラスを其所へ集めてくれないか?」
「判りました。 直ぐ手配に掛かります。 
それでは、集合する楽団員以外は今から一旦オフ、と言う事で宜しいですか?」
「構わない。
明日からの具体的なスケジュールと演目、参加人員等は、各パートリーダーから楽団員に伝達すれば良かろう。」
「時間は? マスター。  何時から始めますか?」
「10分後では、どうだ。」
「充分です。」
「では、宜しく頼む。」
銀髪のマネージャーは、メモを取って居た愛用の手帳を閉じると、Conducterの背後に影か何かの様に黙って立って居る壮年将校へ一礼し、部屋を出て行った。

「考え様に拠っては、非常に上手い妥協点の取り方ですね。」
「君もそう思うか? メータ。」
「ええ。
オーケストラ全体の休息が取れないと言う、一見此方側にとっては不利な条件の様に見えますが、休息メンバーの指定を此方側で決められると言うのは、私達が主導権を得て居ると言う事に他なりませんから。
此でオーケストラの一部に偏った負担が掛からぬ様、其の時と状況(場)に応じた内部調整をする事が可能になります。
此は大きな優位点ですよ。」
「其の通りなんだ。」
指揮者控室に向かう通路を共に歩きながら、銀髪のマネージャーは若いサブ・アシスタントコンダクターに答える。
リッカルドは、一足早くConducterの元へと向かい、下準備の手伝いをして居る筈であった。
「此で、身体的にはどうしてもハンディの大きくなる女性楽団員達を優先的に休ませ、守る事が出来る。」
彼は、傍らを歩く若いインド人にそう言うと、軽く首を振った。
「但し、其の辺りの事を各パートリーダー達が何処まで上手く活用し、スケジュールの調整をしてくれるかは、彼等の裁量に掛かって来るのだけれどね。
オーケストラ全体の調整は、私とマスターとで行うとしても、パートの事は各々のパートリーダー達に任せざるを得まい。」
「其所はやむを得ません。」
若いサブ・アシスタントコンダクターは、落ち着いた口調で心配げなマネージャーに応えた。
「逆に、其所まで私達が決めてしまったのでは、オーケストラ(皆)から要らぬ反感を招くだけですよ、アイフル。
其れでは、何の、誰の益にもなりません。
其れ処か、万一の場合に何か問題が生じても有効な手段を講じる手だてを自ら失う事にもなりかねません。」
「そうだな、、、。」
と、未だ思案顔の遣り手マネージャーにメータは穏やかに続ける。
「パートリーダー達を纏め、時には彼等を指導するのが主任クラスの役割であり、其の為にわざわざ設けられた "役割(ポジション)" なのですから。
そうした調整や気配り等は彼等が担うべき物です。」
「そう、確かに君の言う通りなのだがね、、、。」
と、アイフルは応えて軽く溜息を付く。
「否、シャイーは良いんだ。
彼はああ見えて結構考えながら行動して居るし、言うべき処ではちゃんと声が出せる男だ。」
「シャリフですか?」
「、、、と言うか、寧ろ、スターンの方だな。」
マネージャーは、コンサートマスターのクラウディオとは違う意味で、ヴァイオリン族の長であり、既に弦楽器群族主(ぬし)の様な存在になって居る、老獪で陽気なヴァイオリニストの名を上げた。
「否、彼奴は、何と言うか、、、。
友人としては非常に愉しくて良い奴なのだけれどね。」
「大丈夫ですよ。
彼等の後(バック)にはシュトライヒャーが居ます。」
「真面目な紳士で細やかな気配りの出来るシュトライヒャー(ベーシスト)と、毒舌家で自由奔放な一面はある物の、其の場を明るくさせるのが得意なスターン(ヴァイオリニスト)に、冷静で平常心の塊の様に見えるシャリフ(第2ヴァイオリン首席奏者)ね。
まぁ、確かに絶妙なバランスの組合せではあるな。」
「後は、チェロのピエールの存在を忘れてはなりません。」
「"Sinfonia(シンフォニア)の良心" か、、。」
アイフルはそう応じると悪戯っぽく笑った。
「彼は控え目で一見地味な様ですが、あのチェロパートのメンバー(仲間達)が一目置いて居るのです。
其の影響力は決して小さくはありません。」
「そうだな。」
「弦に関しては、基本彼等に任せておけば大丈夫です。
恐らく、今は何かとコンサートマスターとしての自覚も能力も指導力も足りて居ない、クラウの不足分を補って余りある事でしょう。
案ずる事はありませんよ。」
若いサブ・アシスタントコンダクターは、さらっと永の友人でもあり、親友でもあるコンサートマスターの欠点を指摘しながら続ける。
「問題は "管" です。
いかなシャイーであっても、あのメンバーではやはり手に余ります。」
アイフルはメータの分析力の高さに舌を巻くと同時に、苦笑を浮かべながら応える。
「確かに君の言う通りかも知れない。
管の要はヴァンガード(フルート首席奏者)なのだが、肝心の本人は完全に様子見を決め込んで居る様だしな。」
「彼は、自分の影響力を充分に把握して居ますから、無用な諍いを避けているだけかも知れません。」
「そうかも知れないが、管にはあのレナード(クラリネット首席奏者)が居るんだ。
彼が何時までも大人しくして居るとは到底思えない。
何か "事" が起きた時、否、事を "起こした" 時、シャイーだけでは彼を制御し切れまい。」
「ええ。」
若いインド人指揮者は頷くと言った。
「しかし、最終的には彼等の自主性に任せるしか有りません。
私達はそうした要達が自ら動いてくれるまで、何があっても支えなければなりませんし、
そうするしか術がありません。
貴方は兎も角、私達アシスタントコンダクターでは、オーケストラ(皆)からの反感を買うばかりですから。」
「しかし、改めて振り返ってみると何だな。」
と、遣り手のマネージャーは微笑みながら溜息を付くと言った。
「やはり、マスターの影響力と言うか、指導力と言う物は並大抵の物では無いのだな。
あれだけ個性豊か-、と言えば聞こえは良いが、要は我のやたらと強い自意識とプライドの塊の様な連中が何か異議を唱えても、最終的には納得させて黙らせてしまえるのだからね。」
其の言葉にメータは柔らかく笑うと、苦笑を浮かべ自嘲気味な表情のマネージャーに応える。
「否、私達指揮者から見れば、アイフル。
貴方の其れも、決してマスターに引けは取らないと思いますよ。」
彼は、再度苦笑を浮かべたまま無言で首を横に振って居る銀髪の紳士に対して冷静に指摘する。
「Sinfonia(シンフォニア)は、貴方の言う事なら信じて動きます。
其れは、あのヴァンガードであってさえも同じです。
其所は御自分を過小評価なさらない様、充分御注意下さい。」

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 19

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 19
<Conducterと大佐>

着替えを済ませ、指定されて居る部屋へと戻って来たConducterを、興奮さめやらぬと言った面持ちでラディガが出迎えた。
「総統閣下は、大変満足されたご様子であった。」
壮年将校は、待ちかねた様に口を開く。
「後のスケジュールが予想外に押して居た為、其のまま直ぐ此処(ホール)を後にされたのだが、直接礼を言えないのが心残りである、、、とのお言葉も賜って居る。
又、本日の公演会に同席した多くの将校や兵士達からの評価も、同様に決して悪い物では無い。
否、正直な処、私自身随分と久し振りに心地良い音楽を聞かせて貰った様に思う。
私からも、皆を代表し改めて礼を述べたい。」
「いえ、御満足頂ければ幸いです。」
指揮者は、さり気なく差し出された軍人の右手を無視すると、丁寧に一礼を返した。
彼の其の態度が余りにも自然であり、且つ、流麗であった為、壮年将校は、其れが非礼に当たると言う事すら認識出来なかった様である。
彼は上機嫌で続けた。
「是非、此からもあの様な演奏を聞かせて頂きたい物だ。」
「御期待に添える様、努力致しましょう。」
Conducterは穏やかに応じると付け加える。
「しかし、今回の様なクオリティを今後の演奏会にも望まれると言うのであれば、毎日公演を行う、と言う事が如何に無謀な試みであり、要求であるかはもう既にお判り頂けるかと存じますが。」
指揮者の其の言葉に、軍人は沈黙するしか無かった。
文字通り、此の指揮者と24時間寝食を共にして来た真面目な壮年将校には、彼の言う事の正当性が判る様になって来て居るのだった。
ラディガは、暫く考え込みながらも、慎重に問い質す。
「どの位のスケジュールであれば、可能か。」
「本来ならば、1週間に1回である、、、と、以前にも御説明差し上げた通りです。
しかしながら、今は公演会場等の移動が有りませんので、移動日をスケジュール上に組み入れる必要はありません。
又、演目は1回の公演に付き1曲、と言う前提に変更が無いのであれば、、、。」
Conducterは、其所で1度言葉を切ると静かに応えた。
「5日に1回、 と言った処でしょうか。」
「ふむ、 成る程な。  宜しい、 了解した。
但し、練習は今まで通り毎日公開とし、我々が立ち会う事になるが、良いか。」
「其れは構いません。
公演会同様、練習中も静粛にして頂けるのであれば、ですが。」
「其所は、私の命(めい)に於いて徹底させよう。」
「有難う御座います。」
Conducterは謝意を示すと、穏やかに続ける。
「4日の公開練習。 5日に1度の公演。
演目の選定やアンコールの有無等は、私に一任して頂けますね?」
「ああ、無論だ。
本来、アンコール等と言う物は、聴衆側から強制されて行うべき物ではなかろう。
其所は一向に構わない。」
「御理解頂き、感謝致します。」
彼は再び謝意を示すと、静かに続けた。
「公演日の翌日は、原則休息日。」
「其れは許可しがたい。」
軍人は即答したが、其の口調にはほんの僅かに戸惑いが感じられるのを、指揮者は見逃さなかった。
彼は冷静な口調で穏やかに指摘する。
「何故ですか?
基本、休息の無い仕事は、此の世に存在しません。
私達は機械では無く、人と言う生物なのです。
ならば、或る程度の間隔で休憩を取り、休養を得る事は必要不可欠でしょう。
其所は、貴方々軍人であっても全く同じだと思われますが?」
「貴方の言い分は、もっともである。」
壮年将校は、Conducterの問いに対し真面目な口調で応じたが、其の声は些か厳しくなった。
「だが、私は総統閣下より ”毎日演奏を確認せよ”との命を賜って居る。
此が私の最重要任務である以上、其所を越えての認可は与えられ無い。」
指揮者は、此の生真面目な軍人の言葉に黙って頷くと、暫く考えた上で慎重に提案する。
「では、楽団員を交代で休ませる事に付いては、許可を頂けますか?」
「其れは構わない。
演奏会の開催其の物に、支障が出ない様にさえして貰えれば、良い。」
「判りました。」
セルは、静かに頷くと続けた。
「其れでは、其の為のシフト組みや公演会のスケジュール等の日程、其の他其れに付随する諸々の決定は此方側でする事になりますが、其所は宜しいですね?」
「最終的に貴方が決めるのであれば、差し支え無い。
必要であれば、貴方の助手達と相談する事も許可しよう。
私が同席する場合は、此処の部屋ででも構わない。」
「有難う御座います。」
Conducterは静かに応じると言った。
「では、早速ですが、、、。
明日、朝一番からの練習参加者とスケジュール。
併せて今後の演目等に付いて、打ち合わせを行いたいと思います。
今から、指揮者控室へ移動し、打ち合わせのメンバーを招集したいと思いますが、宜しいですね?」
「今から直ぐにか?」
壮年将校は、少々驚いた表情でConducterに問い返す。
「休息日と言う形での休憩が許可されないのであれば、早急に明日からのスケジュールとメンバー表を組む必要があります。
大佐殿も既にお気付きでしょうが、演目に拠ってオーケストラの編成 - 人数ですね。
が、大きく変動します。
先ずは、此の先の演目を決め、其れに添った人員を配し、具体的な公演スケジュールを立てて行か無い事には、到底、御要望の様な ”毎日の公開練習”と ”5日に1度の公演”は無理だと言わざるを得ません。」
「了解した。」
些か気圧される形で軍人は頷くとConducterに答えた。
「誰を呼べば良いか。」
「アイフルを、、、。 何時も此処へ来る銀髪の男です。
先ずは、彼を呼んで頂けますか?」
ラディガは頷くと、扉の外に待機して居る兵士に呼び掛ける。
「従兵。」
「はい! 大佐殿。」
「今から地下階へ行き、アイフルと言う名の男を呼び出して、此処へ連れて来い。」
壮年将校は、そう命じるとさり気なく付け加える。
「丁重に、な。」

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 23

<2人のアシスタントコンダクターとマネージャー>

リッカルドから一通りの説明を受けたマネージャーは、穏やかに口を開く。
「大凡の流れと経緯は判った。
だが、実は当面の問題は全く別の処にあるんだ。」
「別の処?」
「ああ。 只、"其れ" については後程話そう、リッカルド。
と、言うのも 其方はあらかた解決の目処が付いて居るからな。」
そう答えるとアイフルは軽い溜息を付いた。
「さて、 その、何と言うか、、。
ああした、マスターの困ったクセなのだが、、、。
あの人は、基本的に人に相談を持ちかけない。
常に独りで考え、状況を分析し、判断して結論を出してしまう。
其の結果、どうしても独断専行してしまう事になりがちだ。」
彼はいかにも困った人だと言う仕草で首を横に振る。
「若い頃から、事ある毎に注意して来ては居るのだがな。
一向に改まらない。
否、改めようとする気配すら無い。
今回の一連の発言や行動も、そうした彼の悪癖の1つと言わざるを得まい。
今までの場合、大概は其の行き着く先が、最終的に誤っては居なかったのが却って災いして居る様だ。
だが、、、。」
と、銀髪のマネージャーは落ち着いた口調で冷静に指摘する。
「今回に限って言えば、余りに未知の条件や不確定要素が多過ぎる。
今までとは違い、マスターの判断、分析が必ずしもSinfonia(シンフォニア)の行動を正確に予測して居るとは限らない。
否、最早 誰にも、そう、当のSinfonia(オーケストラ)本人達ですら予測が付かないだろう。
そして正に其所が問題なのだ。」
「其の通りです。」
リッカルドが頷きながら同意を示すのへ、遣り手のマネージャーは穏やかに断言する。
「ならば、私達(こちら)の望む様にSinfonia(オーケストラ)の方向性を持って行くしかあるまい?」
メータが少し驚いた様な口調で応える。
「成程。
予め着地点を幾つか用意しておき、其所へSinfonia(オーケストラ)を軟着陸させる訳ですね。」
「其の通りだ。 誘導する-と言った方が正しいかな?」
リッカルドは其の言葉に大きく頷くと言った。
アイフルから見て、Sinfonia(シンフォニア)はマスターの不帰還を知った時、どう動くと思われますか?」
「前提条件と現状認識を一切排除するのなら、、、
つまりは、出立時の条件で、と言うのであれば、だが。 
レムの予測が最も正鵠を得て居る、と判断せざるを得まい。」
銀髪のマネージャーは、片手で髪を掻き上げながら応える。
此は、彼が色々と思索を巡らして居る時の癖であるのをリッカルドは知って居た。
「但し、状況は刻々と変化する。
私達は常に其れを、冷静且つ正確に捉えなければならない。
其の時と場合に応じて柔軟に方策を変更し、手段を改良して行く必要がある。
だが、最終的な方向性だけは最初から定めておくべきだろう。」
そう言うと、アイフル静かに言った。
「望ましい方向性--。
其れは、彼(マスター)が還って来るか否かに関わらず、Sinfonia(シンフォニア)が揃って此処を出、無事に帰還を果たす事だ。」
彼は、落ち着いた口調で穏やかに続ける。
「其の為には、色々と "条件" が必要となる。
先ずは、脱出の指揮を誰が取るか、と言う事だ。」
「其れは、私達の内からは難しい、、、と言うより、不可能に近くは有りませんか?」
メータが困惑気味に指摘する。
「外部からの手引きと支援が得られない限り、私達が揃って此処を出る事は出来ません。」
「其の通りだよ。」
アイフルは頷くと、若いサブ・アシスタントコンダクターに答える。
「だからこそ、其の "部外者" を信じ、 "彼" の指示に従って速やかに脱出する為には、此方側にも強力な "頭(引率者)" が必要となる。」
「マスターがいらっしゃれば、当然マスター御自身が其の役割を果たされるのでしょうが、、、。」
「そうだ、リッカルド。
彼が居ない場合が問題なのであり、現状からすると結果はどうあれ、不在で有る可能性が高い。
其の時、一体誰がSinfonia(シンフォニア)を代表して其の部外者と折衝し、彼等を率いて行くのか---、 と言う事なのだよ。」
「其の役割はマスターを除外するならば、私やリッカルド(アシスタントコンダクター)では無く、楽団員の内の誰かの方が無難ですね。」
「人選の方向性としては、其の方が反発を招く事も無くより確実に脱出を成功させ得るだろう。
私個人としては、Sinfonia(シンフォニア)理事会のメンバー達が最も相応しいと思って居るのだが、実際にそうした状況に直面した際、彼等が何を想い、どう動いてくれるかは未知数と言わざるを得ない。」
銀髪のマネージャーはそう言うと思案顔で続ける。
「ContraBassのシュトライヒャー、彼は今の段階でも既に動き始めてくれて居る。
其れと、チェロのピエール、ヴァイオリンのスターン辺りは、特段説明をしなくとも協力してくれるだろう。
ホルンのエルネストも恐らく、黙っていても力になってくれるはずだ。
彼等は元々状況を的確に判断する力や分析能力に長けて居るからな。
問題は、ヴァンガードだ。
先日君が指摘して居た様にね、メータ。」
と、アイフルはフルートの首席奏者にして、Sinfonia(シンフォニア)最古参の1人でもある楽団理事長の名を上げる。
「彼の指導力と影響力は並外れて強い。 人望も有る。
だが、其の反面 頑固で可成りの理屈屋だ。
彼の協力が必要不可欠な事には間違いが無いのだが、其れを得るには矢張り相当慎重にアプローチする必要がある、と言わざるを得まい。」
「何れにしても、私達(アシスタントコンダクター)が居なくとも、Sinfonia(オーケストラ)が1つに纏まって、脱出、帰還と言う方向へ向 かえる様な "お膳立て" が必要、と言う事ですね。」
「其の通りだよ、リッカルド。
だからこそ、君達は今回Sinfonia(シンフォニア)を1つに纏める為にも裏方に徹して欲しいんだ。」
「判りました。
元より裏方なのは私達の基本的な立ち位置です。
只、3桁近い人間が1つに纏まって動くにはm脱出、帰還と言う "お題目" だけでは足りない気がします。
何かもっと強力な "依り代(よりしろ)" が必要なのでは無いでしょうか。」
「其れは、Sinfonia(シンフォニア)にとっても、君達、否、私達マネージャーを含めて "1つ" しかあるまい?」
アイフルは、苦笑とも受け取れる微妙な微笑みを浮かべて断じる。
「但し、何度も言うが問題は "其の不在" なのだ。
近々確実に訪れるであろう其の状況をどう乗り越えて行くかは、正に君達の言動如何だろう。」
「そうですね。 其の通りです。」
リッカルドは頷きながら静かに答える。
「いずれにせよ、マスター不在の下で此処を離れざるを得ないと言う覚悟を、少なくとも私達、アシスタントコンダクターは今からしておく必要がある、と言う事ですね。
其の生死に関わらず。」
銀髪の紳士は厳しい顔付きで頷き、賛同を示しながら言う。
「そうなるな。 残念ながらね。」
「具体的な手法や手段は兎も角、方向性は見えました。
有難う御座います」
「否、事は余りにも重大で有り深刻だ。
然も常に新しい事態に即した状況判断と決断を迫られる過酷な役目でもある。
呉々も君達2人だけで抱え込まない様にしてくれよ。
1人や2人の力や能力だけで、どうにかなる類の話では無いのだからね。
私もSinfonia(オーケストラ)や主要メンバー達の様子や動向を見ながらおいおい "仲間" を増やして行くつもりで居る。」
「了解しました。  有難う御座います。」
リッカルドは再び丁寧に礼を述べるとアイフルに問う。
「其れで、 当面の問題とは何でしょう。
何かありましたか?」
「ヴァンガードだよ。 
今さっき話題になったばかりの理屈屋理事長さ。
否、正確には彼自身と言うより、彼を信頼し諸々の相談事を持ち掛けて居る管楽器族のメンバー達、と言う方が正しいのだろうがね。」
そう言うと、遣り手のマネージャーは小さく溜息を付く。
「早速、一寸した問題を起こしかけて居る。」
「問題?」
「ContraBassのスティアガードが信頼出来ない--、と言って居るらしい。」
リッカルドは軽く眉を顰める。
「其れは、、、 
彼が此処(Sinfonia・シンフォニア)に来る前、軍籍に居たから、と言う事ですか?」
「ああ。」
「其れなら、、。」
「否、メータ。」
アイフルは即座に応じかける若いサブ・アシスタントコンダクターをやや厳しい声で宥めると言った。
「君の事は、今現在話には出て来て居ない。」
「しかし、、、。」
尚もまだ何か言いたげなメータを、リッカルドは穏やかに眼で諫めると、アイフルに尋ねる。
「何故、又、今のタイミングで彼が?」
「どうやら、単に軍籍に居たと言う事が問題なのでは無く、彼の場合、外人部隊の隊長を務めていた、と言う事が問題(ネック)らしいな。」
「つまりは、こう言う事ですか。
玄人(プロ)中の玄人(プロ)でもある筈の職業軍人だった者が近い所に、よりにもよって身内に居た--と、そう言いたい訳ですね。」
「その様だ。 リッカルド。 
実に情けない話ではあるのだがね。」
そう答えると彼は小さな溜息を付いて言った。
「否、勿論表立って本人やContraBass首席奏者(パートリーダー)にそういった者は居ない。
当たり前だ。
今まで彼がSinfonia(シンフォニア)で取って来た態度や言動を見知っている者ならば、例え仮に彼が再び軍服を着る様な事になったとしても、其の内面まではとても否定出来はしまい。」
銀髪の遣り手マネージャーは其所で再び小さな溜息を付く。
「だが、頭で解って居る事と、心で感じる事とは全く別物なのだよ。」
「厄介ですね。」
リッカルドが深刻な表情で答える。
「只、幸いな事に "其の話" を真っ先に聞き付けたのが、他ならぬContraBassのアラウだった。
彼は "其の話" を同僚のカーに話し、相談を持ち掛けた。
そして2人は、とあるなかなか興味深い解決策を考え付いたんだ。
彼等は其の素敵な、と言うか、或る意味非常にユニークな方法を携えて、同僚でもあり "先生" でもあるノイマンの元を訪れた。」
其所で彼は軽く肩を竦めてみせた。
「彼等は、仲間内(ContraBassPart)其の当面の火種を消す良案を思い付いたばかりか、今後に向けて結構な仕掛けをも用意してくれた ---と言う訳だ。」
「何ですか? 其れは、、、。」
メータは、アイフルの口調と仕草に苦笑を浮かべたが、好奇心を抑え切れないと言った風情で彼に問う。
「何れは、君も就任する必要が出て来るかも知れないね、 メータ。」
と、銀髪のマネージャーは冗談めかして答えると、些か愉快そうに笑って応じた。
「スティアガードは、騎士(ナイト)に叙せられる事に成ったんだよ。
3羽烏(Queen's)の任命の下にね。」

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 18

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 18
<公演後の楽屋小部屋>

アイフルは、再び舞台裏の楽屋小部屋尋ねて居た。
今度はアシスタントコンダクターのリッカルドも一緒で、2人共正装したままだった。
マネージャーのノックに、内から応じる声がする。
「お入り。」
「失礼します。」
そう声を掛けると、アイフルは扉を開ける。
中では、此又正装姿のままで彼等を出迎えたConducterが2人を見るなり声を掛けた。
「メータは?」
「確認に走って貰って居ます。」
「確認?」
怪訝そうなConducterの問いに、やり手のマネージャーはあっさり答える。
「見送り、若しくは、後説明はしなくても良いのか?、、 と言うね。」
セルは、そんなアイフルの言い方に明らかな皮肉と嘲笑を感じたのだが、其のまま穏やかに応じた。
「私も一応、其の辺りの可能性を考慮して着替えを保留して居たのだが、、、。
今の此のタイミングで、彼等から何のアクションも無いと言う事は、其の類のイベントは既に不要になったと解釈しても良さそうだな。」
「そうですね。」
やり手のマネージャーは、そう応えると小さな溜息を付く。
「彼等は、なかなかに此方の立てた予測を裏切ってくれますよ。」
「あれ程大騒ぎをして、前説明と出迎えを要求しておきながら、公演が終わるや否や黙ったままさっさと引き上げてしまうとは、、、。」
リッカルドがやや訝しげに呟く。
「一体何を考えて居るのでしょうか。」
「彼等なりの決意表明なのではないかね?」
セルは不審そうなアシスタントコンダクターに答えて言う。
「我々とは徹底的に対峙する、、、と。
そして一切妥協も容赦もしない、、、と言うね。」
師(セル)の返答の真意を計りかねて居るアシスタントコンダクターへ、アイフルが穏やかに補足する。
「君達の演奏に、感銘を受けた者達が少なからず居た。
と、そう言う事だよ、リッカルド。
もしかしたら、件の独裁者自身、何か感じる物が在ったのかも知れない。
と、言う事は、だ。
我々の味方予備軍が、彼等の思惑以上に多く出る可能性がある、と言う事に他ならない。
其の事実が、彼等をして我々を警戒させたのだろう。」
ベテランマネージャーの指摘に、Conducterは頷くと応えた。
「本来ならば、此処で上手く立ち回る事さえ出来れば、或いは彼等を分断する事が可能なのかも知れない。
少なくとも、何らかの火種を播く事は出来るだろう。
だが、そうした恣意的な策略は、返って我々への反感や敵意を増幅させかねない危険性を帯びて居るのも又事実だ。
今は、策を労するよりあくまでも自然体を装い、単なる演奏者として接して行く方が得策だろう。
我々は、其の方面では素人で有り、少なくとも彼等の前ではそう有るべきなのだからな。」
「仰有る通りです。
しかし、彼等の方から私達に対して、積極的なアプローチを仕掛けて来る可能性は、今後益々高くなる、と言う事も考慮しておくべきでは無いでしょうか。」
「其の通りだと思うよ、リッカルド。」
銀髪のマネージャーは、頷いて賛同を示すと言った。
「彼等は決して戦争馬鹿でも、愚かな軍人達でも無い。
つい今し方直面した、あの現状を何とか打開しようと、近い将来何かしら仕掛けて来る事は明白だろうね。」
「其れが何か、どんな手法による物なのか、は、知る術もないが。」
と、Conducterは穏やかに応える。
「今は兎に角、彼等に付け入る隙を与えない。
と言う事が尤も重要であり、有効な手段になるだろう。
互いに決定的な手段に訴えて出る、と言う事は今の所出来ないのだからね。
そう言う意味に於いても、今まで以上に気を配る必要が出て来る。」
「先ずは、単独行動の自粛、否、禁止ですね。」
セルの言葉を受けてアイフルは静かに断言する。
「同様、スタンドプレー、所謂 ”目立つ行為”も禁止です。」
Conducterは思わず苦笑した。
彼は、並居る個性派揃いのパートリーダー(首席奏者)達と、良くも悪くも一筋縄ではいかない楽団員達の顔を思い浮かべたのだ。
そんなセルの表情に気付いたアイフルが、厳しい声で彼に釘を刺す。
「他人事(ひとごと)ではありませんよ。 マスター。
貴方が一番の標的になって居るのですからね。
呉々も言って置きますが、此れ以上彼等の仕掛けて来る安易な挑発には乗らないで下さい。」
セルが何か返そうとした時、扉がノックされた。
「お入り。」
「失礼します。」
入って来たのは、確認に走って居たメータだった。
「2人共、先程此処(ホール)を離れました。」
「若い独裁者と老副官の2人か。
誰か同行して行ったか?」
「いいえ。」
彼は落ち着いた口調でアイフルに答える。
「来た時と同じ顔触れ(メンバー)だったと思います。
其れと、今の所、特に新しい指示や指令を発して行った形跡はありません。」
「有難う。 メータ。」
アイフルは応じると、Conducterに向かって溜息混じりに言った。
「本当に黙ったまま、其れも、そそくさと立ち退って言った様ですね。」
「其れだけ余裕が無かったのだろう。」
セルは軽く肩を竦めると、マネージャーに応じる。
「何の余裕が無かったのかは、知る由も無いがね。」
「取り敢えず、私達も着替えを済ませる事にしましょう。」
アイフルが提案する。
「オーケストラ(皆)には、休憩の後で私から直接先程の注意点を説明しておきます。
他に何か指示は? マスター。」
「今は特に無い。」
セルは静かに応じると言った。
「後程、件の大佐から何らかの話が有るかも知れないが、其の時は其の時だ。
今は取り立てて、此以上オーケストラ(皆)でしなければならない事もあるまい。」
「判りました。
では、明日のスケジュールは今の所、予定通りで宜しいですか?」
「構わない。
何らかの変更点や、彼等から新しい申し入れ等が有った場合は、其の都度改めて連絡する。」
「了解しました。」
アイフルは、愛用の手帳を閉じると一礼し、2人のアシスタントコンダクターと共に部屋を出る。
地下階の大部屋へ向かう廊下を歩きながら、彼はそっとメータに尋ねた。
「奴等、どんな様子だった?」
「一言で現すなら、”不機嫌”ですね。」
若いインド人は、微かに微笑みを浮かべながら小声で答える。
「特に、例の若い独裁者の不機嫌振りは、可なりなの物でしたよ。
文字通り ”苦虫を噛み潰した様” とはああ言う表情の事を言うのでは無いでしょうか。」
メータそう応じると、そっと付け加える。
「”不本意極まり無い” と顔に大書してありましたから、、、。」
「不本意、ね。」
アイフルが彼の言葉を受けて独白の様に呟く。
「迂闊にも感動してしまった、、、と言う処かな?」
「其れだけでは無いと思います。」
リッカルドが冷静に応じた。
「彼(独裁者)自身だけで無く、相当数の配下がSinfonia(シンフォニア)(音楽)の軍門に下りかねない、、、と言う事実を見せ付けられ、 自身の読みの甘さを認識せざるを得無かったからでしょう。」
「其の通りだな。」
アイフルは頷きながら答える。
「さて、問題は、果たして ”其れ”が吉と出るのか、凶と出るのか、、、だが。」
「何れにせよ、此処暫くはお互い様子見に成るでしょうね。」
「正に、”予想に反して”と言う事だな。 リッカルド。
只、此の調子では私達が思って居る以上に早く、心理戦に突入するのかも知れない。
私もマスターにああ言った手前、充分気を付ける積もりでは居るが、、、。
君達も、今以上に自重してくれ給えよ。」

Sinfonia・シンフォニア <第2楽章> 17

[ 独裁者 V.S. 指揮者 ] アシスタントコンダクターとマネージャー

何時になく深刻な顔付きで深い溜息を付いて居るマネージャーを見とがめて、リッカルドは声を掛ける。
「どうしました?」
「ああ、リッカルドか。 否、何でもない。」
そう答えつつもアイフルは首を横に振り、再度溜息を付く。
「何でもない。 無いのだが、、、。」
黙ったままマネージャーが話し出すのを待って居るアシスタントコンダクターに目を遣ると、彼は独白の様に呟いた。
「マスターにも困った物だ。」
「何かありましたか?」
「ああ、 実はな、、、。」
そう応じると、彼は先程の独裁者達との一件を話して聞かせる。
「ああ言う場での、こう言った一種の挑発行為は危険極まりない。
彼等は本物の軍人であり、今正に現在進行形で ”敵” と闘っている当事者なのだ。
基本的に、瞬時に何の躊躇いもなく人を殺せるだけの能力(ちから)と意志とを兼ね備えて居る。
然も、あの場に居た4名の内、あの時そうした危険性を私に感じさせなかったのは、件の大佐だけだった。
其の事は、良く判って居る筈なのだがな、、、。
何れにせよ、危険過ぎる。」
「マスターは、御自分御独りに彼等の注目を向け様となさっておられますから、どうしてもそう言う言動になってしまうのではありませんか?」
「其所の事情は私にも判らなくも無いんだ。  だが、、、。」
と、アイフルは再び首を横に振ると、呟く様に続けた。
「今回は余りにも相手が悪い。 悪過ぎる。
あれでは自殺行為と言われても反論出来ない。
其れ位危険な行為だよ。」
リッカルドは、出立前にレムから受けた「警告」を此のやり手のマネージャーには、未だ話して居なかった。
実は、アイフルの素姓自体オーケストラ(彼等)に対して明らかにされて居ない。
彼自身も、自身のプロフィールを自ら口にする事はなかったし、楽団員達も余り気にして居なかった為だ。
と、言うのも、此の年齢不詳な初老のやり手マネージャーの仕事振りには、何の不満も不足も無かったからである。
然も、オーケストラ(彼等)が全幅の信頼を寄せるセル自身と古い親交があり、どうやらあのレムとも多少ではあるが、何らかの繋がりが有るらしい事が判って居たからだった。
つまり、彼等(オーケストラ)には「其れ」で充分だったのである。
しかし、リッカルドは此の一見とても冷静で事務的な口調のマネージャーが、其の実結構な人情家である事を知って居た。
アイフルは、今までにも何度となくオーケストラの窮地を救うべく獅子奮迅の働きを見せて来て居る。
更に言えば、色々と過激で無遠慮な言動で物議を醸して来た一部楽団員達の為に、文字通り東奔西走した事も一度や二度ではなかった。
そう言う意味に置いても彼とセルは、表現法や立場こそ違う物の、人間の本質と言う処では良く似て居るのだ。
(ならば、、、)
と、リッカルドは思う。
(今、此処で <レムの警告(あの話)> をするのは、却って彼を追い詰めてしまう事になるかも知れない)
そう考えたアシスタントコンダクターは、静かに応える。
「マスターは冷静なお方です。
一連の挑発的な行為も、計算尽くでなさっておられる事でしょうから、案ずるには及ばないのではありませんか?」
リッカルドの言葉に、マネージャーは苦笑を浮かべた。
「君達は若い頃のマスターを知らないからなぁ、、、。」
そう言うと彼は、リッカルドへ悪戯小僧の様な微笑を向け、片手で其の見事な銀髪を掻き上げた。
「学生の頃に付いた渾名を知って居るかい?」
「ザルツブルグ音楽院時代の、、、ですか?」
「ああ。」
「否、 そもそも学生時代のお話しは殆ど伺った事がありませんから。」
「だろうね。」
苦笑とも失笑とも取れる笑みを浮かべると、彼は続けた。
「思考の方向性や論拠。 
楽曲や作曲家、果ては楽器に至る諸々の知識と其れ等を使いこなす才能。 
そして、音楽、否、音に対する姿勢と実力。
此等を其のままに、今のマスターから一切の ”穏やかさ” と ”静かな物言い” を取り除いてみてご覧。
多分、 ”其れ” が学生時代の彼に一番近い姿になる。」
今度は、リッカルドが苦笑する番だった。
「其れは、、、 何と言うか。
余りお近付きになりたいタイプの学生ではありませんね。」
「だろう?」
そう答えるとアイフルは笑った。
「同期(クラスメイト)や、担当の教授陣からは <スサノオ> と呼ばれ、恐れられて居たそうだ。」
「スサノオ?」
「日本の古い神話に出て来る <荒ぶる神> の代表格だそうだよ。
正しくは <スサノオノミコト> と言うらしいがね。」
「<荒ぶる神> ですか、、、。  成る程。
或る意味、とても的を射た渾名の様にも思えますね。」
「其れがマスターの本質なんだ。」
アイフルは口調を改めると静かに言い切った。
「学生時代の様に、或る程度相手が自分と同種であるのならば、其れでも一向に構わないのだが、彼等は違う。
明らかに私達とは異なる種なのだよ。 リッカルド。
間違っても同じ土俵で対応してはいけない相手なのだ。
其所はマスターも充分過ぎる程、判って居る筈だ。
だが、今回の様に、唐突に奴等からあからさまな挑発や挑戦を仕掛けられると ”つい” 応じてしまうのも、又、事実なのだよ。」
「アイフル、、、。」
「殊に、あの副総統。
今回、件の若い独裁者に付き従って来ただけの様に見せかけて居る、あの老軍人は不味い。
出来る事なら、マスターには直接会わせたくない人物だった。」
「其れは難しい、、、と言うより、不可能な事ではありませんか?」
リッカルドは冷静に指摘する。
「今回彼等の目的の主眼は、マスターを見極める事だったのでしょうし、
もとより彼等の眼中には、マスターお一人しか入って居ません。
私達の主席常任指揮者は、其れだけの実力を有して居ますし、其所は双方が共通の認識を持って居ると思います。
当然、彼等としても最高にして最強の布陣を敷いて臨んで来る事でしょう。」
リッカルドの言葉が終わっても尚暫くの間、アイフルは厳しい目付きで黙って居たが、やがて一言呟いた。
「総力戦だな。」
「ええ。」
頷くとリッカルドは応える。
「其の通りです。
ですから、各人が冷静に自分の成すべき事をする必要があります。
感情に踊らされたり、挑発に乗ったり、悲観したり、絶望したりして居る余裕は何処にも有りません。
戦略として此等を成すのであれば、又別でしょうが。
今回、そう言う意味に於いて、マスター御自身も ”今” 取り得る最善の策を講じられたのだと思います。」
アシスタントコンダクターの言葉に、黙って頷き賛同を示すとアイフルは眼を上げ、リッカルドを見ると云った。
「其の通りだ。  まさしく君の言う通りだ。
有り難う。 リッカルド。
私も ”今” 成すべき事をしよう。」
「其れでは、私達もそろそろ舞台と云う名の戦場(しごとば)に上がりませんか?」
不意に後ろから声を掛けられたリッカルドとアイフルは、驚いて振り返った。
何時の間にか彼等の後ろには、若いサブ・アシスタントコンダクターが立って居た。
彼は柔らかく微笑みながら2人に告げる。
「開演まで後15分です。

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